『ブルックリン・フォリーズ』 あの頃のアメリカに思いはせ
2020.08.10 00:00

アメリカがひどいことになっている。
大統領のたび重なる暴言、広がる貧富の格差、立ち遅れる感染対策、暴動に発展した黒人差別問題。2年前ニューヨークに行ったときも、街全体の活気が失われ気味、という印象だった。
いまの若者たちにはそうでもないだろうが、こちとら「外国といえばアメリカ」という空気で育った世代だ。かつては映画も歌もファッションも、アメリカ・ワズ・ナンバーワン。いまもアメリカに対して悪い感情はないのだが、だからこそ、残念な気持ちになることも多い。「あの頃のアメリカ」はもう残っていないのだろうか。
そんな気分で手に取ったのがこちらの1冊。アメリカ現代文学を代表する作家、ポール・オースターの2005年(邦訳は12年)の小説だ。主人公は60歳を目前に故郷ブルックリンに戻ってきたネイサン。古本屋で働いていた甥っ子トムとの思いがけない再会、好意を持っていたウエイトレスにもたらしてしまったトラブル、そして突如玄関先に現れたトムの姪っ子ルーシー。ブルックリンを舞台に、本人も終わりかかっていたと思われたネイサンの人生が再び動き始める。
1つ1つのエピソードはもしかしたら自分の人生にも起こるかもしれないこと。それを著者は端正な文章で描き出し、読者を引き込んでいく。悲しいことやつらいことにもちょっぴりの笑いがあり、目に見えることだけが物事のすべてではない。その1つ1つが人生の滋味であり、味わっていくことで人生はより豊かになっていく。
昔ながらのハリウッド映画を鑑賞したような読後感。アメリカという国の明るさ、温かさ、前向きさを再確認させてくれるような小説だった(15年前の本だけど……)。

山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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