『残り者』 仕事に人生に迷える女子必読
2019.10.14 01:00
さて、今回はちょっと毛色の変わった時代小説をご紹介しよう。舞台は幕末の大奥、官軍への江戸城明け渡しの前日となる1868年4月10日から1日だけの短い時間を描いた物語で、登場人物はほぼ5人の女性だけである。
4月10日、大奥のあるじ天璋院の「ゆるゆると、急げ」 という号令をきっかけに、大奥の女たちは半ばパニック状態のなか、長持や風呂敷包みを抱えて住み慣れた大奥からわれ先にと逃げ出す。そんななか、裏門へと向かう人波に逆らって歩き出した女がいた。呉服之間で御針子として勤めてきたりつである。呉服之間はきれいに片付けたはずだが、針など落ちていないか、場が乱れていないか気になって確認のため戻ってしまったのだ。と、そこで出くわしたのは、御膳所の仲居お蛸。彼女は自身もかわいがっていた天璋院の愛猫サト姫の姿が見えないので探し歩いていたのだ。
ほかにも、この機会に手柄を立てたいとあえて残った御三之間のちか、りつと同じ御針子のもみぢ、美形で知られた御中臈のふきも合流し、泰平の世なら話をする機会もない5人の女たちは静まり返った大奥で共に一夜を明かすことになる。それぞれが大奥に上がった理由、仕事への思い、大奥への思い、将来への不安、なぜここに残ったのか……など、5人の女たちの生き様や心情が明らかになるにつれ、心がぎゅっと切なくなる。そうだよなあ、明治になってリストラされた侍たちも困ったろうが、世間と隔離されていた大奥の女たちはもっと困っただろう。
長く信じてきた価値観ががらがらと崩れてしまったとき、人の背骨を支えるものはなにか。今回は旅とはほぼ関係ないけれど、特に女性のお仕事小説として優れた作品だと思うので、ご紹介した次第。迷える女子たち、ぜひ。
山田静●女子旅を元気にしたいと1999年に結成した「ひとり旅活性化委員会」主宰。旅の編集者・ライターとして、『決定版女ひとり旅読本』『女子バンコク』(双葉社)など企画編集多数。最新刊に『旅の賢人たちがつくった 女子ひとり海外旅行最強ナビ』(辰巳出版)。京都の小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」の運営も担当。
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