米国の小切手詐欺問題

2024.05.13 00:00

 米国では支払いに個人小切手を郵送することが多い。しかし小切手を手書きし、ポストに投函するという便利な支払いが、いまではリスクの高い方法になったとニューヨーク・タイムズが伝えた。

 理由は盗難と偽造だ。ある被害者はポストに投函した少額小切手の1枚が盗まれ、別人宛ての高額小切手に書き換えられた。そのため銀行預金が枯渇し他の支払いができなくなった。銀行はこの問題を調査中で被害者は2カ月後も自身の口座から盗まれた金を補償されていない。

 数十億ドルの損害を受けている銀行は厳戒態勢を敷いて詐欺行為の摘発に躍起だ。疑わしい口座を銀行が突然凍結するため無実の顧客を巻き込むことも日常的に起きている。一方、犯罪者の多くは何の足跡も残さず姿を消したまま。犯罪者は最も簡便に金が儲かる所に群がるようだ。

 犯罪は小切手を盗むことから始まり情報技術やSNSの活用により大規模な詐欺に発展する。以前は盗んだ小切手を闇市場に流すための特別なブラウザーが必要で、場合によっては身元保証人も求められたが、現在はメッセージングアプリ・テレグラムのアカウントだけである。小切手詐欺検出ソフトを提供するSQNバンキング・システムズによると、完璧に署名された小切手を返金保証付きの45ドルで提供するウェブサイトもある。

 郵便物の盗難に対処する財務省も警鐘を鳴らす。泥棒が郵便配達人を攻撃し郵便ポスト用の鍵を盗んで販売するからだ。郵便物から盗まれた小切手の変造手法は古典的だ。マニキュアの除光液を使って小切手を「洗い」、署名はそのままにしておく。古い小切手をスキャンして変更することで、新しい小切手を作成する者もいる。犯罪者は小切手を自分の口座に入金するか売りに出す。盗難小切手だけでなく、入金用口座や口座開設に必要な携帯電話番号や携帯自体も購入できる。

 クレジットカードの普及で過去数十年間小切手の使用量は急速に減少したものの小切手詐欺は急激に増加している。23年の小切手詐欺に関連した不審行為は21年の2倍以上の約54万件と推定されている。アラバマ州のある銀行は23年の被害額を22年の2倍と見込む。犯罪者がダークウェブにアクセスし情報交換して銀行のシステムを圧倒しているのが実情だ。

 一部の銀行は顧客の取引を一層厳しく調査し口座の凍結もしている。それが善意からでも市民の経済生活を一変させる可能性がある。食料品店、レンタカーのカウンター、ATMの前にいる間に口座を凍結させられた者もいる。多くの場合、理由は不明で一般市民の立場は弱い。銀行は最終的に盗まれた資金を大多数の消費者に返還するが、消費者は返還までの1~2カ月イライラして待つことになる。

 個人小切手の需要は依然強い。代表的な使途は家賃、業者、役所への支払い、慈善団体への寄付などだ。政府、銀行業界、消費者ともこの問題への対処は始まったばかりだが早期の適切な防御策が待たれる。

平尾政彦●1969年京都大学文学部卒業後、JTB入社。本社部門、ニューヨーク、高松、オーストラリアなどを経て2008年にJTB情報開発(JMC)を退職。09~14年に四国ツーリズム創造機構事業推進本部長を務めた。

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