次世代がつくる観光の未来
2024.03.25 08:00
兵庫県北中部に位置する朝来市から観光コンテンツを開発してほしいとの依頼を受け、プロジェクトの一環で学生を同市に引率するようになった。同市には現存する山城として日本屈指の規模を誇る竹田城跡がある。竹田城跡は国史跡であり雲海に浮かぶ幻想的な景色が楽しめることでも知られ、かつては年間58万人の観光客が訪れていた。
昨年夏、1年生の末本あおいさん、赤間菜穂さんが竹田城跡に登った。感想を聞くと「つらすぎて2度と登りたくない」と口を揃えた。代わりに2人から「人力車で見る天空の城~ちょっと贅沢に殿になる~」という企画提案をもらった。歴史的な風情を感じるこの企画はユニバーサルツーリズムに対応したものだった。
竹田城跡の景色を堪能するには350mを超える急坂を登る必要がある。このため体力が低下しているシニアや車いすで生活する者には困難との前提が置かれていた。超高齢化時代に登城体験をユニバーサル化すれば、潜在的市場規模が4000万人を超える大市場に参入できるとの意義が記されていた。
企画書には具体的なビジュアルイメージも描かれていた。どのようにして短期間で描いたか末本さんに聞くと「生成AIが描いた」という。生成AIを活用すればすべて完結するのかというと、「観光コンテンツづくりに人間が担うべきは、観光体験や滞在のストーリーを考えたり演出を考えたりすること」だと。確かに観光コンテンツを開発するにはさまざまな協力者がいないとできない。
皆の心が動き出す仕組みを考えるのが企画のポイントではないかという考えも披露してくれた。ただ、発想はユニークなものの竹田城跡に登る体験をユニバーサル化した事例は見当たらず、絵空事のようにも思えた。実際、急坂を人力車で登る移動手段は担い手の存在とともに現実的でないという指摘を関係者からも受けた。
不確実性が高いといわれる時代。新たな意思決定理論であるエフェクチュエーションが注目されている。これは多くの方々が日々実行する意思決定の前提と真逆の考え方かもしれない。未来を予測し目的に対して最適な手段を追求するコーゼーションといわれる意思決定に対し、未来は予測できないという前提に立ち意思決定していく理論である。
学生たちの提案は、竹田城跡という身近な資源をテーマとしつつも偶発的に遭遇した夏の苦い体験から企画の着想を得た。当初は人力車を活用した登城は現実的ではないという指摘から始まったが、学生たちは観光事業者との対話を重ね、実現手段を模索しながら次第に関係者の共感を引き出していった。
一方、生成AIを活用しつつ、関係者の反応を見ながら短期間で試作品の改善を重ねていくリーンスタートアップのような手法を採り、まさにエフェクチュエーションというべき意思決定の連続で竹田城跡の企画を諦めることなく練り上げていった。
兵庫県では「高齢者、障害者等が円滑に旅行することができる環境の整備に関する条例」(通称ユニバーサルツーリズム推進条例)が23年度より施行されている。こうした状況と相まって学生たちが考案した企画は、絵空事ではなく実証実験という形で社会実装に挑戦することになった。
未来は分からないという学生の話を耳にする。学生にとって不確実性は大前提になっているのかもしれない。そのような時代にも果敢に挑戦しようとする学生が確かにいる。私たちにはこうした次世代が挑戦していく環境をつくり、それを応援していくことが求められている。
髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。
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