ギャップ
2024.02.05 08:00
ある漁家民泊が魅力の地域を訪れた。入り組んだ静かな湾の海岸線に漁業者の住居や倉庫が立ち並ぶ特徴ある地域だ。その一部がリノベーションし宿として提供されている。他にない景観とユニークな宿泊施設を目的に多くの旅行者が訪れる。地域としての今後の展望や戦略を聞くと、自治体の関心事はもっぱら不足する駐車場の整備など一時的に発生するオーバーツーリズム対策という。
宿を営む地域の住民であり宿泊事業者は言う。「この地域に必要な施策は駐車場など多くの人を受け入れる環境を整えることだけではない。宿泊施設や飲食店のキャパシティーに限りはあり、何よりここに訪れる旅の価値は静かな漁村で過ごす穏やかな時間。その価値を守りながら持続的な観光地としての将来像を描く戦略が必要だろう」
日本国内ではいま、設立されて数年たつDMOで存続の是非やあり方を検討する地域も出てきているが、中にはプロパースタッフが今後の地域に必要な施策を描けているケースもある。16年以降、DMOの現場で思考錯誤するなかで必要な知見や経験を蓄積する組織も出てきたということだろう。ただ、財源などを理由に実現に至らず、独立した組織である以上、財源も含め自立すべきとの認識から地域の観光振興施策としてDMOの設置を進めた自治体が、課題の解決に向けて主体的に動けているケースは少ない。
これらのことから言えることは、地域事業者やDMOと自治体等の行政との間に観光振興に関する知見や経験にギャップが生じている実態があるということだろう。以前からこうした事例は一部にあったが、コロナ禍における観光振興の停滞で行政における実務経験者が大きく減ったこともあり、そのギャップがさらに広がっているようだ。
地域の観光振興に欠かせない地域の価値や魅力は地域事業者がより理解し、訪れる旅行者が求めるものも把握できている。また地域としてのマネジメントや必要なプロモーション活動に関しては、DMOのスタッフのほうが専門性を身に付け始めている。重要なことは、それは歓迎すべきことであり、こうした変化を将来に向けた明るい兆しと捉え、行政はこれらの動きをより加速させていくための施策を講じていくようにすることだろう。
近年さまざまな場面で語られる地域の観光振興における課題の多くは、人、カネ、情報といった基本的な経営資源が不足することに起因する。このため地域の観光振興を進める行政は制度を整えることに注力し、育ちつつある地域事業者やDMO等の活動を支えることを施策とする。行政は観光振興の最前線に立つのでなく、DMOや地域事業者の活動を支えることで、その目的を達成するという立場を取るべきだ。
村木智裕●インセオリー代表取締役。1998年広島県入庁。財政課や県議会事務局など地方自治の中枢を経験。2013年からせとうちDMOの設立を担当し20年3月までCMOを務める(18年3月広島県退職)。現在、自治体やDMOの運営・マーケティングのサポートを行うIntheory(インセオリー)の代表。一橋大学MBA非常勤講師。
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