続リトリート旅を考える

2024.01.29 08:00

 トラベルジャーナル12月4日号特集「検証リトリート旅」に寄稿したところ多くの反響をいただいた。そこで群馬県のリトリートの定義(日常から離れる×心身が癒やされる×ゆったりとした時間を過ごす)を踏まえつつ、アニマルセラピーとウオーキングを組み合わせた事例からリトリートの必然性を引き出す方法を考えてみたい。

 動物飼育には心と体を癒やす要素がある。動物と触れ合う行為はアニマルセラピーという動物介在療法として医療や福祉現場で普及している。そこには心身を癒やし、安心感や幸福感を高める生理学的効果、心理的効果のほか、健康増進効果という科学的根拠が存在する。

 犬の飼育を例にすれば「心豊かに過ごせる日が増えた」「家族の絆が強まった」「毎日の生活が楽しくなった」「気持ちが明るくなった」のほか、「運動量が増えた」という調査結果もある(22年、ペットフード協会)。ただ、集合住宅に住む人や費用高騰などを理由に飼育できない人は多い。この点、日常生活から離れて地域に由来する動物と触れ合いながら運動もできる旅は、旅先ならではの価値と心身の癒やしを同時に引き出せるのかもしれない。

 長野県木曽町で「木曽馬と歩こう!」というリトリート旅を体験したことがある。希少な日本在来種の木曽馬と触れ合い、癒やされながらウオーキングする。木曽おんたけ健康ラボの中島佐恵子マネージャーは「参加者の気分の変化を見る心理指標で比較したところ、緊張・怒り・疲労などのマイナス因子が木曽馬と一緒に歩いた方が普通に歩くより大幅に減少。自己効力感も向上していた」という。

 このリトリート旅は「馬好き」「木曽馬ファン」の参加者が多い。しかし動物が苦手な参加者でもブラッシングや引き馬をするうちに馬との距離が縮まる。その結果、「親近感が湧いた。木曽馬が最初は怖かったけど慣れたらすごくかわいい」と、一定の時間を過ごすことで心境に変化が表れる参加者もいる。

 ウオーキングの動機付けに動物の力を借りるリトリート旅もある。秋田県三種町の「秋田犬と散歩」だ。元々、自然を活用した運動療法であるクアオルト健康ウオーキングという健康増進活動が実施されていた。その活動を観光化する試みの中で「秋田犬と散歩」という町民発案のリトリート旅が生まれた。

 高齢化率50%を超える同町は飼い主の高齢化も問題で、当初は飼い主の課題解決を図る発想も含まれていた。従順で賢いブランド犬を連れて歩けることが口コミで広がり、インバウンド誘致にもつながり定着。「地域の絆が強まるとともに町民の健康意識も高まるなどビジネスだけでない成果も得られた」とヘルスケアデザイン秋田の戸嶋諭代表は胸を張る。

 一方、兵庫県豊岡市ではウェルビーイング型カルチャーの創造と銘打ってネオカルTOYOOKAという着地型観光と健康増進活動を融合させる挑戦を始めた。そこでも「但馬牛といっしょに歩く」というリトリート旅が生まれた。こうのとり風土セントラルファームの綿田けん代表は「但馬牛に普段触れ合うことのない方に牛との散歩を体験しながら風景を楽しんでいただくことで忘れていた何かを思い出してもらえれば」という。まさにリトリートの定義に合致するコンセプトだ。

 放牧や散歩という行為は人間だけでなく、動物側にもストレス軽減や健康増進メリットがある。受け入れ側となる地域住民のメリットも含め課題解決につながる発想も加えることで持続可能なモデルが成立する。地域特性を生かしたリトリート旅が生まれることを期待したい。

髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。

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