草の根のファンづくりから
2023.12.18 08:00
10月に大阪で開催されたツーリズムEXPOジャパンで米ポートランド観光協会シニア・ツーリズム・マネージャーの古川陽子さんと再会した。拙著「交流がつくる健康なまち」の執筆にあたり、18年にポートランドに取材に行ってからのご縁である。初めての訪問でポートランドのアートや自転車、アウトドア、カフェ、クラフトビール、ワイン、地産地消などのライフスタイルや食、人々に魅了され、プライベートでも再び訪問。日本国内のイベントにも参加するなど、気づくと自分自身もすっかりポートランドファンの1人になっていた。
従来のポートランドの観光産業は、国内観光とMICEが圧倒的なシェアを誇るなかで国際観光がもたらす経済的インパクトはわずか5~10%程度。しかし、観光を売り出すことが世界とつながり、ブランディングにつながるとの認識が高まり国際観光の領域があらためて重視されているという。
同観光協会のマーケティングの財源は宿泊税である。21年までは税収15%のうち2%が同観光協会のマーケティング予算になっていたが、21年7月以降は観光を復興させるために予算を1%上乗せして3%とするなど攻めの方針へと転じた。成長余地の大きい市場の1つとして日本が挙げられている。
ポートランド観光協会のマーケティング手法はとにかくユニークだ。コロナ禍を乗り越えたポートランドのシェフや新しいお店、クリエイターのインタビューやポートランド体験をEAT(食べる)、LISTEN(聞く)、MAKE(つくる)などの動詞を切り口に紹介する無料のミニガイドブックを刊行した。実はコロナ禍の影響でこのガイドブックのプロジェクトは中断していたが、過去にポートランドに在住していた奥野剛史さん(メディアサーフコミュニケーションズ)の強い情熱で出版が復活したという。
奥野さんは編集業務だけでなく、同観光協会とともにガイドブックを配布するなど仕事を超えて1人のポートランドファンとして活動している。実際、ポートランドっぽいと思われる小さなカフェやレコード屋、ポートランドファンの店主のお店、イベントなどに草の根的にこのガイドブックを配布したそうだ。1万部印刷して草の根活動で半分程度を配り終えたという。
ポートランドのファンコミュニティーは自発的に生まれている。旅行や居住をきっかけとしてポートランドをテーマに新しい仕事をする人、ポートランドに関するお店を始める人が生まれたりする形でコミュニティーが日本でも拡大している。東京や大阪、名古屋、福岡など大都市圏のみならず、北海道や高知などの地方都市にもコミュニテョーは存在している。
「ポートランドが好きな人はある価値観を持っている。オープンな環境で、そこに人が集まる。ポートランドはコンペティションではなくコラボレーションと言われる文化があるだけに日本でのコミュニティーも同じような感じになっている」と古川さん。これらの取り組みは一見すると地味な活動だが、ポートランド旅行の世界観の種をまいていくような行為で、ポートランド全体にかかわる消費者参加型製品開発をしているようにも見える。本稿を執筆する筆者も消費者参加型製品開発にかかわっているようなものだ。
人と人とでつくる手作りの活動はさまざまなメディアミックスを活用したマーケティング手法とは対極的な戦略だが、旅行先の正しい理解を促し共感を呼び起こす。確実なファンによって集客実績を出していく手法は持続可能な観光を推進するためにも重要な観点だろう。
髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。
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