なにがのこっているのだろう
2023.12.11 08:00

広告業界ではいまだに自らを「代理店」と呼ぶのにそんなに抵抗がない。代理業というのは誰かの代わりに何かをし、それで口銭を得るという生業なので決してカッコよくないように思えるが、普通に使っている。他に代理店が当たり前のように使われるのは保険くらいだろうか。かつてメディアに対し、旅行業界を旅行代理店と呼ぶのをやめてほしいという話をしてきた元JATA(日本旅行業協会)広報委員長の私としてはかなり違和感があるのだが、企業が直接テレビCM枠を買うことは困難だし、インターネットでもできるとはいえ難解なルールと法律用語を駆使される保険を個人で申し込むのは相当なリスク。広告も保険もいまだに代理店なしでは成立し得ない業界であることもまた事実だろう。
そこに専門性が必要だからこそ、いまも業として成立している。例えば動画制作などはコストが格段に下がり、個人でもそこそこのクオリティーのものが簡単にできるようになったが、テレビとウェブと車内広告に限られた予算をどう振り向け、それによってブランドの認知や購買行動がどう変化するかといった類いのソリューションを求めれば、それはプロの力に頼らざるを得ない。代理という、サプライヤーと顧客を仲介する立ち位置の中身がいまは多彩化している。むしろ代理よりも広告という言葉の定義の方が自分たちの領域を狭めている気もする。
代理店と呼ぶのをやめてほしい、そう呼びかけた旅行業はどうか。航空券や宿泊券を発券するビジネスは、とうの昔に終わってしまった。そしていま、キャリアや宿泊施設、観光で光り輝くことを目指す地域とお客さまを結びつける、代理という言葉の裏に込められていたさまざまなものすら消えそうな気がしてならない。
世代交代が進む旅館経営者の2代目や3代目と話をすると、旅行会社には何も期待していないとの弁を聞き胸が痛む。本当にそうだろうか。確かに送客とクーポン精算を前提にした協定連盟はそもそもの存在意義を失い、総会と宴会が中心に。でも地域における新たな価値を見いだし、顧客に提供する新たな何かはあるはずだ。しかし実態はお金をかければ検索のトップに来るというOTAサイトとの闘いに十分なリソースが割けず、結果として競り負け存在感を失いつつある。ワクチン接種のロジスティクスは確かにMICEや団体旅行のノウハウを活用できるビジネスだったろう。しかし、毎年パンデミックが起こることは誰も願ってなく、多分もうしばらく来ない。
むしろ年に数度の敬老会や社員旅行をプロデュースするだけのパパママエージェントの方が顧客に寄り添っていたかもしれない。しかし彼らの多くもビジネスを諦め店を閉じた。かつて代理店の代理店として各社が戦略化していた提携店制度の多くもすでに形骸化してしまった。
城山三郎の「臨3311に乗れ」。本誌でもたびたび取り上げられる名著を秋の夜長に読み返してみた。旅をする人を真剣に喜ばせ、まだ見ぬ世界へと誘う。眉をひそめるような行いもあったけれど。ひとつの旅をまるで物語のように、タスキをつなぐかのように裏方として介在しながら「代理」以上のことをしていた熱い人々がいたあの頃。大切なのはお客さまが旅に何を望んでいるかを知り、それに応えることだった。
その志や魂は誰にも受け継がれず、ただただネット上の見栄えとランキングを頼りに旅をする人ばかり増えていく。自分ではどうにもならない、プロに任せたい旅を求める人は確実にいる。でも、カウンターとパッケージツアーとベテラン添乗員を失った旅行業に提供できるツールは少ない。いったい、何(なに)が残(のこ)っているのだろう。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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