ボランティアでつくる新たな観光業
2023.11.20 08:00
「観光ボランティアガイドをやってるんだ」。先日、大学時代の友人からそんな連絡があった。友人は現役世代の国際派ビジネスマン。世界を飛び回り忙しいはずの彼が、なぜボランティアガイドをするのか聞いてみた。
「地位や名誉やお金のため自分のために頑張っている人はたくさんいる。そんな中で他人のために無償で頑張れることがかっこいい。ボランティアのコミュニティーには意識が高い人が集まるので、そういう人たちと世の中のために力になりたい」と。当初は得意の語学を生かしたインバウンド向けの観光ボランティアガイドをしてみたいという単純な動機だったそうだが、日常生活やビジネスでは埋められない何かがあるのだろうか。
超高齢社会に突入し、シニア世代の生き方の選択肢の多様化や広がりに対する社会システムが求められる時代になった。新しい概念ではないが、サクセスフル・エイジングという言葉を聞いたことはあるだろうか。シニア世代が「幸福で実りの多い、優れた人生をまっとうする」というものだ。主に健康、社会・経済的地位、交友関係を指すが、中でも自己有用感が重要と指摘されている。
自己有用感とは自分には役割があり、自分は役に立っているという感覚である。しかし、シニア世代になると、自由時間が増えるにもかかわらず活躍の場が減少する。自ずと自己有用感を高める機会は減少していく。社会的接点や活躍の場を作る仕組みは同世代が集まる高齢者クラブのような組織が主に担っているのが現状だ。
もちろん、健康意識の高まりもあってウオーキングやトレッキングなどの活動を行うような元気なシニア世代は増えている。一方で身体的活動が必ずしも精神的健康を高めることには寄与していないという研究結果がある。身体的活動ではなく、文化的活動や精神的余暇活動が満足や充実感を得られるという研究結果もある。加えて、高頻度に文化的活動に関わっている者、たくさんの余暇活動に関わっている者は幸福感が高いことも分かってきている。
つまり、シニア世代にとっての多様な文化的活動が社会で求められるとともに、自己有用感を実感できるような場や機会の提供がこれまで以上に必要になっている。
大阪・関西万博でのテーマになっているようにウェルビーイングが社会の鍵概念になってきている。ポジティブ心理学による観光客の幸福に関する研究も進みつつある。ここでは観光客のボランティアという観光体験と自然環境や社会環境との相互作用によって観光客自身の幸福につながる可能性が指摘されている。
観光客がツアー参加の中で地域住民との強い絆を築き、健康や能力の大幅な向上を経験したという報告もある。これらはボランティアツーリズムにおける参加者側の幸福のことを指すが、受け入れ側の観光ボランティアガイドの幸福にも同じ仮説が描けるだろう。観光サービスの現場は多様性に満ち、国籍も年代も性別もさまざま。発想を変えれば居住する地域にいながら国内外の観光客の対応を通じた活動による生きがいを実感できる場でもあるからだ。
現在、4万327人とされる観光ボランティアガイド(日本観光振興協会、21年度)。人数的には頭打ちになっている。この点、観光ボランティアガイドを単なる人材不足解消策としてではなく、自己有用感や幸福を実感できる役割と理解され、社会の幸福を生み出すシステムとして認識されていくことを期待したい。それによって観光ボランティアガイドの輪が拡大し、社会課題解決とツーリズム産業振興の両立を実現する連鎖につなげていきたいものだ。
髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。
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