観光の原点
2023.10.16 08:00
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夏に延べ37人の学生をアジアに連れ出した。旅の最後の訪問地はカンボジア。半年後に社会に出る22歳たちに観光や宿の原点を体験させておきたかった。世界のベスト50ホテルや至れり尽くせりの旅館を経験することも大切かもしれない。しかしそれは社会に出ていくらでも経験できる。カンボジアでの体験は恐らく一生の糧になる。
向かったのはカンボジア中部のコンポントム州。ここには湿地帯の砂に埋もれていた古代遺跡を掘り起こし、世界遺産に登録されたサンボープレイクック遺跡がある。観光客で激混みのアンコールワットに比べ観光客は誰一人いない。屋根にタープを張った簡易な屋外食堂があるだけだ。
近くでは地元の若者たちが食堂で出たフルーツの残さを餌にハエの幼虫を育てている小さなプラントがあり作業を手伝う。豚や鶏のたんぱく源豊富なエサとなる。学生には行く場所だけ教えてあるがその意味は教えていない。日本人が忘れてしまった大切なことを考えてほしいからだ。
続いて訪ねたのが荒野にあるカシューナッツ農場。若者が寝泊まりしてカシューの木を育てていて、ナッツは春に収穫されフェアトレード商品として日本に直接輸出される。この農場は日本の小さな企業がカンボジアの若者に農業で自立することを目的に投資してできた。前述のエサで鶏も育てていて、ひよこを地域の民家に販売している。
バスからリヤカーに乗り換え目的地クイ族のコミュニティーに。少数民族クイ族は森と共に生き、鉄の生産で民族を維持してきた。しかしそれが武器となることが分かり、鉄の生産をやめ自給自足に近い形で生計を立てる。湿地帯のコミュニティーでのホームステイが今日の宿。高床式の家に住む家族は英語も日本語も通じない。しかしクイ族の生活体験でわずかの外貨を稼ぎ、地域の文化保全に役立てようとコミュニティーベースドツーリズムを始めた。その初のモニターとして参加した。
生活水はミネラルウオーターか雨水。日々のスコールで雨水をため、体を洗う。炭で焼いた魚や敷地で走り回る鶏の卵焼き、古代米の料理で歓迎されるが、学生たちは虫や衛生面にばかり気がいってしまう。分かりやすい英語を話す若者が説明してくれるが気もそぞろだ。化学的製品を一切使わず、生態系の循環を生かし生活していることに気づけただろうか。政府が森を切り開き、開墾しようとすることに抵抗し、生活を保全するために観光の原型を試行している。最初はびびっていた学生も徐々に慣れ、踊りに参加したり、脚に寄ってくるヒルを餌に魚を釣る湿地への釣りにも出かけたりしていた。
観光とは地域固有の文化や社会を体験することが原点で宿はよき体験の場。多くの日本人は快適な生活に慣れ、自宅より設備が良いことを宿に求め、本来の観光の意義を見失ったままだ。学生最後の体験の目的は観光の原点を考えること。考えることができた学生はきっと社会で活躍できる。
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井門隆夫●國學院大學観光まちづくり学部教授。旅行会社と観光シンクタンクを経て、旅館業のイノベーションを支援する井門観光研究所を設立。関西国際大学、高崎経済大学地域政策学部を経て22年4月から現職。将来、旅館業を承継・起業したい人材の育成も行っている。
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