<寄稿>旅の高付加価値化に思う
2023.08.31 16:00
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猛暑日が続く8月の下旬、筆者が所属する日本ホスピタリティ・マネジメント学会が北海道の北見工業大学で開催された。翌日、知床周辺の観光まちづくりの現状を知るためにバスで巡る視察ツアーが催された。車窓にはいかにも北海道らしい大地が広がる。高さ2メートルはあるだろうか、幹線道路の至る所にフェンスが設置されていた。フェンスというより、ブラインドの形状をした柵といった方が分かりやすいかもしれない。
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今回のエクスカーションのホストとして案内役を務めていただいた北見工業大学の舘山一孝准教授にフェンスのことを尋ねた。防雪柵だという。風速や風の流れを制御する防雪板を設置し、道路の吹きだまり防止や視程の確保を図るためのものらしい。豪雪地域では当たり前のものだろう。北海道をよく知る人や地元の人には見慣れたごく当たり前の風景かもしれない。いや、当たり前すぎて気にもとめない。しかし、筆者のような北海道初心者の「観光客」にはすべてが物珍しい、これぞまさに異国の珍風景の1つであった。
観光とはそういうものではないか。見慣れないものを見ると、それが何かを知りたくなる。好奇心がかき立てられる。その好奇心を満たす行為、それが観光というものかもしれない。
ストーリーが高める観光の価値
道中、斜里町立知床博物館に立ち寄った。いわば日本の市町村ならどこにでもある、まちの歴史資料館のようなものだろうとたかをくくっていた。
中に入ると、どでかい「ねぷた」祭りの山車が保管展示されていた。なぜ斜里にねぷた?本物?と目を疑った。聞くと、斜里町が弘前と友好都市らしい。なるほど、そういうわけかといつものナットクで終わった。しかし、しばらくして館長の佐々木剛志さんが面白い話をしてくれた。
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いまから200年ほど前、江戸幕府の時代。ロシアの南下に備え、幕府から斜里での防衛を命じられた津軽藩士の72人が飢えと寒さで命を落とす津軽藩士殉難事件が起きた。「しれとこ斜里ねぷた」は、この誰も知りえない埋もれた歴史に端を発しているという。戦わずして死んだ藩士、戦いもせず負けてしまった恥を隠すべく、かん口令が出されたことから、この痛ましい歴史の一頁が世に知られることはなかったそうだ。
それが50年ほど前、生き残った藩士が書き残した日記が偶然発見され、また地元で見つかった史料によってねぷたにつながるきっかけになったという。その話を聞いて、先ほどのナットクは好奇心に代わり、ねぷたの鏡絵の武将と重ね合わせ、悲しき史実に思いをはせた。
付加価値高める案内人の役割
近年、インバウンドを中心に旅行の高付加価値化が政府の観光戦略の柱の1つになっている。高付加価値にはさまざまな定義と観点がある。まず稼ぐ立場としての高付加価値化があり、これは「稼ぐ力」に置き換えられる。もう1つ、消費する立場としての高付加価値があり、これは「消費する力」と考えることができよう。
前者は施設の高級化などの可視的なものと、旅行者の欲求を満たし得るまちのストーリーの創造と提供といった目には見えない価値創造の領域がある。同様に後者にも消費額といった経済的価値基準と、好奇心や地域に対する理解と疎通を図り、その土地特有の空気感を楽しむ旅行者の感性という価値基準がある。
稼ぐ力と消費する力の間の重要な役割を担うものの1つが案内人である。インバウンド観光の場合、通訳ガイドなどがそれに当たる。日本では資格を有し法的に認められる通訳ガイドを「通訳案内士」といい、観光庁は旅行の高い価値創造と提供を支える重要な役割を担うものに位置付けている。一方で18年の関連法規の改正によって、無資格者であっても有償の通訳ガイドの仕事ができるようになったため、ガイドの質の問題が取りざたされている。
数年前、妻と旅行で訪れたオランダで現地のガイドが運営する自転車ツアーに参加した。のどかなアムステルダム郊外を走り、地元民が集うレストランで食事をとる。資格はなくても、ガイドが持つべき観光案内のスキルと客人を気遣うホスピタリティーを完璧に併せ持っていた。
ストーリーに裏付けられた知識が旅行者の好奇心をくすぐる。文化の懸け橋として、舘山准教授や佐々木館長のようにまちの物語が伝えられるか。また、日本人の心に根差す日本型サービスの価値を感じてもらえるようなサービスが提供できるか。旅行の高付加価値化の実現には、案内人の質の確保は極めて重要な課題となる。
崔載弦(東海大学観光学部准教授)
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