みんなおなじだね
2023.08.14 08:00
英国の観光ガイドブック『ロンリープラネット(Lonely Planet)』はたびたび日本のインバウンド産業にも楽しい話題を提供してくれる。言うなれば欧米版『地球の歩き方』。もともと創業者トニー・ウィーラーの新婚旅行記が始まりだったというが、個人旅行目線での素材のピックアップ、欧米人が好きなウイットに富んだ文章のみで表現するコラム形式の体裁など、視覚優先の情報発信に慣れ切ったわれわれの感覚とはかなり違う。今年は福岡が「2023年に行くべき都市」として日本で唯一紹介されている。
インバウンド黎明期、当時私の頭を悩ませていたことの1つは、海外のガイドブックに書かれている「電車の乗り方」の類がたいがい「駅へ行き運賃表の地図から目的地をみつけ、券売機に運賃の小銭を入れ、切符を買い、自動改札機に投入する」と書かれていたこと。そうではなく、ただSuicaなどのICカードを購入するだけでいいのでと、旅行会社ではなくガイドブック出版社へお願いして歩いたのもいまは昔。
もっぱら誰か(自分と同じ国の人)の旅行記ブログが情報源になったいま、こうしたガイドブックの位置付けが難しくなっているのは各国同様と思いきや、英国ガイドブックの約4分の1のシェアを持ち、独自のテレビチャンネルまで持つロンリープラネットの力は計り知れない。
最新の「東京」第13版では「池袋・目白」の中で紹介された場所が話題になっている。「SHINJUKU&NORTHEAST TOKYO」で紹介される池袋の中で選ばれた「観光地」はわずかに2カ所。さて、どこだか想像できるだろうか。
サブカルチャーの聖地とも呼ばれる池袋、その聖地の中の聖地とも呼ばれるショップ「アニメイト」、あるいはランドマークであるサンシャイン60、またはすっかり昔の風情とは変わった野外劇場のある西口公園あたりを思い浮かべるのが普通だろう。正解はさにあらず。紹介されているのは「自由学園明日館」「池袋消防署防災館」の2つ。ご存じだろうか。
いずれも池袋の西口、駅から歩いて10分とかからぬ場所にあった。自由学園は1921年に設立されたキリスト教の女学校。当時建設を始動していた磯崎新氏の紹介で、かのフランク・ロイド・ライトが設計を担当した。ライトといえば旧帝国ホテルの玄関や、世界遺産となる建物を多く設計した建築界のレジェンド。その手による建物が池袋にあり、補修を重ねいまも現役でさまざまな用途のベニューとして使われ、重要文化財に指定されているのは初めて知った。
池袋防災館は正式には東京消防庁都民防災教育センターという。消防署の中に作られた防災体験施設で、地震や火事、消火や119番通報などの体験ができる。ふらりと訪ねてみたら体験は予約が必要とのこと。ご案内いただいた施設は大変充実していた。日中のほか、夜間防災を体験するナイトツアーがあり、さらに昨年から始めた外国人のための防災体験ツアーが大盛況という。すでに先の予約もかなり埋まっていた。「やさしい日本語で」行うとも書いてある。どうやらロンリープラネットの着目はここらしい。参加費無料、グループ予約も歓迎とあってはなおさらだろう。
平日の昼だったが、どちらも欧米の外国人の姿を多く見かけた。ロンリープラネットのおかげかどうかは分からない。でも、昔バックパックを背負い海外に出かけたことのある人なら覚えていないだろうか。「地球の迷い方」などと揶揄しながら、結局その黄色い本に書いてある場所や店に多くの日本人が集まり、みんな同(おな)じだね、と言いながら笑いあったことを。こんな観光地の出現もまたあるものなのだ。
高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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