危機意識の共有と連携
2023.07.24 08:00
皆さんの地域や観光事業のDX化はどこまで進んでいるだろう。兵庫県豊岡市における城崎温泉の旅館の取り組みを紹介したい。
この地では21年度に豊岡観光DX推進協議会が立ち上がり、宿泊データの自動収集基盤を開発。収集したデータを活用した観光客満足度向上と地域全体の収益性向上を図る事業を展開することになった。これまで城崎温泉では旅館ごとに異なるPMS(顧客予約管理システム)を導入してきたが、1つのPMSに入れ替え情報を共有化することへの挑戦が始まったのだ。「豊岡観光DX基盤」に収集されたデータを可視化したダッシュボードが開発され、すでに全旅館の約半分強となる36施設、部屋数定員ベースで6割以上の旅館が参加する動きとなっている。
このダッシュボードを活用して戦略を描き、販売価格の設定をしている緑風閣・城崎エリア統括マネージャーの中田翔真さんによれば、自身の旅館とベンチマークとしている旅館群(5旅館)と比較することで価格設定の不安感が払拭できたという。具体的な日々のデータをもって比較することで攻めの価格設定が実行でき、機会損失を減らすことができたようだ。前年度と比較してADR(客室平均単価)で3000~4000円、RevPAR(販売可能な客室1室当たりの売り上げ)で5000~6000円程度の向上が実現できたと胸を張る。
もっとも情報が共有されていくとエリア内の競争が激化したり、負の感情は生まれていないのだろうか。この点について中田さんによれば、他の旅館とは競合というより、共に上がっていくというイメージが共有されており問題ないという。同じ城崎温泉の旅館である三木屋の主人・片岡大介さんが「それぞれの旅館や事業者はライバルというより、お互いが城崎温泉の1つのピースを担っている意識。先代がつないだDNAや伝統を大切にしながらアップデートしていきたい」と指摘していたこととも重なった。
「城崎温泉はこれまでも外湯めぐりの湯めぐりパス『ゆめぱ』や『つけ払い』のシステムなど事業者で連携してきた経緯もあり、DX化を推進しやすい基盤があった」と話すのは、豊岡観光DX推進協議会や豊岡ツーリズム協議会の会長を務め、旅館・山本屋を経営する高宮浩之さんだ。半面、DX化を推進しなくてはならないマーケティング上の危機感についても指摘している。
好調な外国人観光客は先行して予約が入るものの、日本人観光客はリードタイムが極端に短くなっており予測を立てにくい。しかも国内は極端な人口減少時代に入っている。外国人観光客をメインで販売するという戦略があるのかもしれない。ただ、さまざまなOTAルートの流通が確立されたいま、外国人観光客と日本人観光客で価格帯を分けることも難しい。
そうなると日本人観光客が入ってこなくなるのではないかという危惧が生まれる。仮に外国人観光客をメインターゲットとして選択した場合、外国人観光客向けの地域の土産は少なく、顧客動向を把握している飲食店も少ないという。このため、高宮さんは「DX化は旅館だけでは達成できず、物産店や飲食店のさらなる参加と活用を促していきたい」としている。
マーケットが読みにくい時代だからこそ、DX化による新たなエコシステムを構築し、本気でDXの有効な活用方法を勉強し、価値を生み出すようなDX利用が必要と警鐘を鳴らしている。
「共栄共存」という理念のもと「まち全体が1つの温泉旅館」とする城崎温泉。危機意識を共有し、共通の目標に向けて連携していくための新たな共栄共存ツールとしてDX化が位置付けられる点は参考になるのではないだろうか。
髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。
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