サウナが旅の定番となる日

2023.06.26 08:00

 旧友であるフィンランド政府観光局日本支局代表兼フィンランド大使館上席商務官の沼田晃一さんから16年ぶりに連絡があった。サウナ旅行に関連し「日本人観光客はウエルネスツーリズムに何を求めているのか」を本国に聞かれてのことだった。

 沼田さんは旅行会社のツアーにサウナのサの字も存在しなかった18年、フィンランドのサウナカルチャーに目を付け戦略を推進した。サウナは旅行目的にならないとする本国を説得し、コロナ前からフィンランド式サウナによる日本人観光客誘致に乗り出していた。

 フィンランドサウナアンバサダーを100人集め、100カ所に上るサウナ拠点を御朱印帳で巡る企画を考案。「サ旅」などサウナ系旅行商品が出回るきっかけをつくった仕掛け人としても知られる。「整う」といったサウナの効果ではなく、国連の世界幸福度報告で6年連続世界一幸せな国となったフィンランド流幸せのアプローチとして、「サウナの中ではみな平等」「自分がどう楽しむか」というノールールスタイルを強調し、行ってみないと分からない世界観を打ち出してきた。

 コロナ後のパッケージツアーは40万~50万円の価格帯にもかかわらず、経営者、クリエイター、メディア関係者などイノベーターといえる顧客が集まった。

 日本人のサウナ愛好家人口は増えているのだろうか。実はそのようなデータはみられない。「日本のサウナ実態調査2023」(日本サウナ・温冷浴総合研究所)によれば、日本のサウナ愛好家は推計1681万人とされる。同調査の推移で見るとコロナ以前からの減少傾向が下げ止まり若干回復傾向がみられるが、メディアが騒ぐようなブームがうかがえる状況ではない。あえていえば、ヘビーユーザーの回復が目に付く程度だ。半面、国内観光地でのサウナ開発はある種のブームといえるほど急増中なのはどう捉えたらいいのか。

 愛好家の間で有名な施設「サウナしきじ」の娘であり、全国の観光地でサウナの企画や設計を手掛けるONEBLOW代表取締役社長の笹野美紀恵さんは全国の観光地から引く手あまたの存在。実は彼女はビジネススクール時代からの友人である。そこで観光地でのサウナ開発が加速する理由について聞いてみた。

 笹野さんによれば、地域が有するクオリティーの高い水、清浄な空気の中でのサウナは特別な体験と位置付けられ、地域の自然資源の特異性を引き出すことで新たな差別化の源泉になっているのではないかという。

 現在の日本は第3次サウナブームとされる。ただ、ブームには終焉があるだけに、いずれ文化にまで昇華することで旅行の目的や楽しみの定番になっていくのだろう。文化として考えるならば、例えば奈良時代を起源とする湯治、江戸中期以降に発展していった温浴文化のような作法や入浴法、さまざまな楽しみ方を開発・提示していくことだ。

 笹野さんはサウナにも知的欲求を満たす学びのサウナ体験や科学的根拠が必要と考え、すでに関連データの取得に乗り出している。また、入浴後に川や氷の中に飛び込むなど心臓発作につながる危険な行為も目に付くことからリスク対策も必要としている。

 一方、沼田さんは観光庁によるアウトバウンド推進を踏まえ、サウナがフィンランド、さらには欧州と日本の行き来を推進するコンテンツになるとの見方だ。確かにフィンランドや日本だけでなく各国に固有のサウナがある。旅行の目的として定着し、新たな旅行や交流につながっていくことに期待したい。

髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。

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