不便な事業やサービスも
2023.04.24 08:00
世の中はずいぶん便利になったものだ。本稿の初回執筆にあたり悩んだ筆者は、ご存じの方も多いであろう米オープンAIが提供するチャットGPTに何を書けばよいか相談してみた。結果は次の4つのアイデアが示された。「1.持続可能な観光について」「2.デジタル技術の活用について」「3.観光業界の国際化について」「4.旅行者のニーズについて」
理由としてツーリズム産業向けメディアであることから業界の最新動向やトレンド、問題点に焦点を当てたコラムが好まれるとの解説まで記されていた。迅速な回答に驚くとともに、ある意味で正論的な回答ともいうべき提案内容だが、読者の期待値を上回る内容とは思えなかった。
チャットGPTに負けず劣らず、ツーリズムサービスの分野でも利便性のあくなき追求が続いている。近年の観光DXの進展は目覚ましい。ただ、DX化によりツーリズム産業の生産性向上等が期待される半面、旅行者の利便性追求という観点一辺倒ではツーリズムの魅力を減衰させる可能性があることを忘れてはならない。
かつての旅といえば、ガイドブックや地図を見たり、時刻表をめくったり、ホテルや旅館に電話したりと、一つ一つに手間がかかったものだ。こうした過程で偶然素敵な店を見つけたり、興味を持ってなかったことにアクセスするきっかけになったり、普段出会えない人と会話するきっかけになったりと、不便ながらもさまざまな予測できない体験をもたらしてきた。だからこそ技術の進化を背景とした最短で無駄のないサービスだけでは、こうした体験や楽しみを奪ってしまうことをあらためて認識しておきたい。
筆者がかつて参画した「交通の健康学的影響に関する研究」(国土交通政策研究所)の実証実験ではこれを証明するような知見が得られた。この実験は東京から北海道に行く際、電車と飛行機では参加者のストレス面でどちらが有益かを検証したものである。想定では利便性の高い飛行機での移動の方が不便な電車よりストレスがかからないとみていたが、結果は単純ではなかった。時間がかかり不便であるはずの電車移動の方が飛行機での移動よりストレスが低い被検者群が存在していたのだ。こうした被検者の背景を調べてみると電車好きだったり、車窓を楽しみ、長時間の不便な移動をむしろ楽しんでいた。
これを後押しするような研究分野もある。週刊トラベルジャーナルでも特集されていたが、不便さがもたらす「不便益」という研究分野だ。川上浩司氏(京都先端科学大学教授)によれば、不便は気付きの機会拡大と能動的工夫の余地、手間を介した対象系理解、自己肯定感の醸成などが期待できるとしている。一見サービス向上と逆説的ともいえるこの点は、ツーリズムサービスが有する特性で得意分野ともいえるだろう。
超高齢化する社会においても利便性追求や過剰な支援、サービスが高齢者の機能を奪ってしまうところが問題になっている。こうした点を鑑みるとツーリズムサービスのあり方も不便でひと手間かかることを残すような方向性があってもよいのではないだろうか。
20年に発表された「高齢者の趣味の種類および数と認知症発症:JAGES 6年縦断研究」によると、グラウンド・ゴルフとともに旅行が趣味の者は認知症リスクが低いことが示唆される結果となっている。こうした社会課題解決の分野にもツーリズムサービスは実績があり期待されているだけに、利便性追求だけのサービスではもったいないとさえ思えてくる。
皆さんの事業やサービスも利便性だけの追求から少し離れ、不便な事業やサービスも検討してみてはいかがだろうか。
髙橋伸佳●JTB総合研究所ヘルスツーリズム研究所ファウンダー。順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程単位取得満期退学、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科修了。経済産業省「医療技術・サービス拠点化促進事業」研究会委員などを歴任。21年4月より芸術文化観光専門職大学准教授。
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