なかぬかぎりは
2023.04.17 08:00

新型コロナウイルス対策を助言する厚生労働省のアドバイザリーボードが3月23日に出した提言の報道に呆れた。感染対策として定着したアクリル板などのいわゆるパーティションについて、「どの程度対策に寄与したか検証し、効果を評価することは困難」とのこと。平たく言えば「効果があったかどうか分からない」ということらしい。だけど念のため保管しておけ、とまで言っている。
いいかげんにしてほしい。いまでも大多数のホテルや飲食店で会話すら困難なあのアクリル板は設置されたままだ。コップや皿を落とすのではないかといつも緊張していた朝食ビュッフェのビニール手袋も、強制されることこそなくなったがまだ設置されていて多くの人が無意識にはめている。
さまざまな感染対策緩和が行われ、業界ごとのガイドラインも修正されているにもかかわらず、洗面所のジェットタオルは使えないままの場所ばかりだし、商業施設のフードコートには1席ごとに大きなバツ印の紙が貼られたままだ。しかもたいていその紙自体、「ご理解とご協力をお願いします」の文字がうっすら消えかけていたりしてみすぼらしく汚い。
翻弄されて失った長い時間。その結果が「分からない」とは。なぜ誰も怒らないのだろう。こうした感染対策にかけた労力とコストを積み上げれば大変な額になっているはずだ。ましてや、そもそも人が動き話をすることすら封じられ、人が動いてこその鉄道会社や航空会社の社員が自ら、動いてくれるな、乗っても楽しむな、という趣旨の放送までさせられた。もうお客さまが戻ってきたから、旅行支援があるから、それでよしとしろということなのか。
すでにマスクは個人の判断に委ねられている。しかし車内や機内はおろか外でも大多数の人はマスクをしたままだ。人々のココロの内側は何も変わっていない。それを取り戻すにはまだまだとてつもない時間と労力が必要だということを桜の便りとともに忘れてしまってはいないだろうか。
人が人と出会い人生が豊かになるという人間本来の営みを演出するはずのサービス業は、いま深刻な人手不足に陥っている。22年の宿泊業従事者は53万人で、19年(65万人)から約2割も減少した。宿泊だけでなく運輸も飲食も。何よりも将来、人と接する仕事を夢見て努力していた若者がサービス業で働くことに躊躇してしまったことは、取り返しがつかないくらい日本の未来に大きな傷を残した。残念ながら、そう簡単にこの傷が癒えることはないだろう。
3月14日、トラベルジャーナル学園の卒業式が帝国ホテルで行われ、来賓として祝辞を述べた。学生生活中、ずっとマスクを外せないまま過ごした卒業生たち。ようやくマスクを外して列席した彼らはみな晴れ晴れとした笑顔だった。多くの卒業生がこれからサービス業の現場で仕事をすることになる。残念なことにきっと現場で再びマスクをすることになるだろう彼らにも、人と接する喜びを感じてもらいたい。
「かつては水をくむのも狩りをするのも旅だった。人が動くことが“働く”こと。生きるために働くこと自体が旅、だから人生は旅に例えられる。これから皆さんの本当の旅が始まる。どうか良い旅を」。門出にはこんな言葉を贈った。
『春きぬと 人はいえども うぐひすの なかぬかぎりは あらじとぞ思ふ』(壬生忠岑、古今和歌集)―「人々が春がきたと言っても鶯が鳴かない限り本当の春ではない」。時間だけでは解決しない。誰かが鳴かせないと鶯は永遠に鳴かないかもしれない。新しい世代にその役割を託そう。思う存分に、あちこちで元気に鳴いてくれ。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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