マイクロアグレッション
2023.03.20 08:00
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かわいい子には旅をさせよ、とかつて言われた。しかし現代は真逆に進んでいるようだ。例えば10年後に消滅しかけていると思うもの。それはドミトリー、大浴場、修学旅行の3つだ。かつて若者はホステルのドミトリーに泊まり相部屋で情報を交換した。温泉に行けば大浴場で語り、指折り数え待った修学旅行は良い思い出となった。
残念ながら現代では人々は他者と起こるマイクロアグレッションを回避するため、気心の知れた家族や友人以外とのコミュニケーション機会をシャットアウトし始めた。自分が何げなく発する言葉が意図せず相手には小さな攻撃と映り、とんでもない逆襲に合う。ネットのクチコミはまさに宿泊業の魔女狩りの場と化すことがあるが、まさにそれだ。こうした脅威は事業者と客の関係だけでなく、客同士、あるいは仲間同士でも同様である。
筆者も学生と研究調査やイベント企画のために旅行することはあるが、ゼミ合宿は一切しない。合宿は修学旅行や職場旅行と同じくマイクロアグレッション機会が多いからだ。せっかくだから温泉に入ろう、浴衣を着よう、地酒を飲んでみよう等と言えばアウトなのはお分かりいただけると思う。驚いたのは大浴場しか入浴の場がない時に一人一人15分刻みで貸し切りにして入浴していたことだ。友人への、あるいは友人からのマイクロアグレッションを回避するためなのだろう。
極力他者と関わりたくないのは食事処だけでなく、いずれ大浴場などあらゆるパブリックに及び、温泉宿でも個室サウナやシャワーブースが標準装備になる気がしてならない。
マイクロアグレッションの要因となるのはアンコンシャスバイアスと呼ばれるその時代や世代等で持ちがちな思い込み。ハラスメント研修が職場で行われるのもバイアス回避のためである。中高年男性がやらかしがちだが、社会的立場のある人がやってしまうとキャンセルカルチャーが吹き荒れる。それはボイコット等という生易しいものでなく、社会的立場を剥奪するまでネット上で匿名攻撃する。教師や経営者等は格好の標的だ。
一体いつからこうした社会になったのか。インターネットやSNSの出現が遠因であることは論をまたないが、主要因は『傷つきやすいアメリカの大学生たち』に詳細に述べられる。「安全イズム」と称される過保護社会だ。家族でも学校でも職場でも少しでも危険の恐れがあることは回避させ、100%安全を求めるようになった環境がキャンセルカルチャーを生んだ。その結果、うつ病発症が増え、社会に閉塞感が漂い始めた。では、この状況をどう改善していけばよいか。方法はただ1つ。過保護をやめ、たくましく育てることだ。そのためにもかわいい子には旅をさせよとこの本は結んでいる。
さて、アフターコロナ。過剰とも思える衛生管理は元に戻るだろうか。過保護社会の行く末を観察するには良い機会かもしれない。
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井門隆夫●國學院大學観光まちづくり学部教授。旅行会社と観光シンクタンクを経て、旅館業のイノベーションを支援する井門観光研究所を設立。関西国際大学、高崎経済大学地域政策学部を経て22年4月から現職。将来、旅館業を承継・起業したい人材の育成も行っている。
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