コストゼロ時代の憂い
2022.11.14 08:00
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昨年あたりから授業での学生の質問がなくなった。手を挙げる方式ではなく、アプリを使いオンライン上でストレスなく匿名質問できる方式なので数年前までは多くの質問があったが、現在はゼロ。しかし全く質問がないわけではなく、ご丁寧にも後からメールで送ってくる。理由を推察するに、あくまで匿名の質問でも、質問内容を見た誰かの内容批判が1つでもあればストレスと感じ取るからだろう。質問は直接、1対1でしかしたくないのだ。
嫌なことや苦手な人は避け、ノーストレスな同調社会に生きることは遊動社会の基本である。定住しても隣人が嫌な人であれば隣人ガチャ、希望しない配属先であれば配属ガチャ、果ては親が嫌いになれば親ガチャと言って忌み嫌い、苦手を避けノーストレスで生きることが価値となっている。
若い世代のわがままと言ってしまえばそれで終わるが、まさにこれからの時代を暗示する現象である。これから始まるのはコストゼロ社会。インターネットをはじめとするテクノロジーを通じてあらゆるコストがゼロに向かうので、モノやサービスを売り、利益を得ていたストックエコノミーは成り立たず、シェアエコノミーが主流となる。キーワードとなるのが時間だ。テクノロジーは時間を効率化し、その浪費をコストと思わせるようになった。一斉学習も、皆で見る映画も、早送りできないテレビも、希望しない社内異動も、すべて無駄なコストと判断される。
そう考えると余暇を市場とする現代観光もコストの多い活動だろう。嫌いな人もいる職場やクラスでの合宿や宴会など無駄の極み。旅で仲良くなろうなど時間の浪費。いかに気の合う仲間や家族で自らの成長やケアを目的とした活動ができるか。それがたまたま移動を伴う活動だった場合、それを観光と呼ぶ。そんな時代になってきている。
これからはその人にとって意味のないものは消えていく。知らない観光地は知られないまま時が過ぎていく。一方で意味のある活動や推しとの時間、親友が推す観光地には何度も通い、滞在する。そんな変化を感じている。
買っているのは時間だ。旅先を選ぶ時間だけでなく、現地でぼうっとする時間もいまや価値ではなくアクティビティーを欲している。副業ができれば、すき間時間を使って働くこともよい機会と思っている。食事時間にはだらだらと酒を飲まずにノンアル酒を好み、料理は会席でなく上質な素材を使ったワンプレート料理がいい。チェックイン・アウトはもちろんオンライン。並ばせることはご法度である。館内案内などは動画に流しておくのがよい。賢い消費者は全国旅行支援などのややこしい説明は数多くの動画を見て理解している。
学校のリアル教室はいずれなくなるだろう。授業はオンデマンド動画で間に合うためだ。大切なことは質問をストレスなくできること。時代はコストゼロに向かい、動き始めている。
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井門隆夫●國學院大學観光まちづくり学部教授。旅行会社と観光シンクタンクを経て、旅館業のイノベーションを支援する井門観光研究所を設立。関西国際大学、高崎経済大学地域政策学部を経て22年4月から現職。将来、旅館業を承継・起業したい人材の育成も行っている。
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