<寄稿>地域ぐるみの観光まちづくりの姿を問う

2022.10.31 11:40

裏路地の民宿(福島県檜枝岐村)

 フランスのアプトにあるペンションに泊まった時のことである。周辺には民家も商店もほとんどない町外れのペンションだ。朝食は基本的に付いており、夕食もあらかじめ頼んでおけば、別途料金となるが宿で食べることができる。しかし、週に2回ほど夕食を提供しない日がある。宿泊客は町のレストランか、どこかで夕食を済ませることになる。町といってもレストランは数軒もなく、お店もほとんどない小さな町だ。当然、宿の主人は、近くのレストランの紹介から予約まで取ってくれる。

 南イタリアのアルベロベッロでは、この地域の伝統家屋トゥルッリを借りた。一軒丸ごと宿として提供されるトゥルッリには、簡単な調理ができるキッチンや食器類が備え付けられているが、朝食を付けてもらった。ここでの朝食は町にある決められたレストランで取る。フランスのペンションや南イタリアのトゥルッリ独自の町との共存の方法かもしれないし、本当の意図を知るすべはないが、いま思えばこれもまた町ぐるみの観光まちづくりの1つになっていたのかもしれない。

古くからある観光地の共存

 近頃、町全体をホテルに見立てた活性化が話題になっている。いまはまだ明確な定義も条件もないため、それが何かを具体的に説明することは難しいが、似た考え方にまちやどやアルベルゴ・ディフーゾなどがあろう。

 まちやどとは日本まちやど協会によると、「まちを一つの宿と見立て宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値を向上していく事業」とある。つまり、1つの宿の中で宿泊から飲食や買い物まで済ませるのではなく、町中に点在する施設を利用することを意味する。別の言い方をすれば、観光客に必要とされる「観る・食べる・遊ぶ」の施設や場所を、宿が町のコンシェルジュとしての拠点的な役割を担う。観光まちづくりの1つの形であろう。

 しかし、この考え方はいまに始まったわけではない。程度や方法の違いはあるものの、古くから観光地の共存は存在していた。よく行く伊豆の温泉旅館では町の特産である茶菓子が出される。そして、ロビーの片隅には茶菓子をはじめ、地元の民芸品や特産品を展示販売する。帰り際には食事の時に出された地域名産の一夜干しやおすすめのショップの紹介も忘れない。

 イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)は、町の空き家を同一の事業者が一括してレストランやカフェ、ショップなどの観光施設として開発し、経営・管理を行うものだ。字の如く「まち全体を一つの宿に見立てて…」がよく表れている形態だ。

 いずれも町の活性化を目的とする取り組みで、まちづくりの一躍を担うことには違いない。しかし両者のやり方では真の町ぐるみの観光まちづくりの実現とは言い難い。なぜなら一部の商店や関係者だけが多くの利益を得る構図になりかねないからだ。

町の誰もが当事者になる

 ここでこれぞまちやどといえるかもしれない韓国の例を紹介しよう。朝鮮半島南西に位置する全羅南道にはトゥルレキルが整備されている。その途中にメドンマウル(マウルは日本の集落に相当)がある。観光客の往来が増えたことを機に、村の多くの民家が宿泊と食事を提供する民宿を営む。驚くことに、その多くがもともとは観光業や商売とは無縁の農家であることだ。どこか懐かしい田舎のおばあちゃんの家と食事が評判を呼び、いまやそれ目当てに来る客も多いという。田舎飯といっても、ちゃぶ台に並ぶ手料理の品々は客人が恐縮してしまうほど。いまや村全体が民宿の村として有名になっている。

檜枝岐村の全景

 これに似た村が日本にもある。 檜枝岐村(福島県)だ。周囲を高い峰々に囲まれた山間の谷間の狭い土地にある集落である。土地も少ないうえ、豪雪の寒冷地のため稲作はできず、わずかな畑と森が生活を支えてきた。しかし、尾瀬が国立公園に指定され観光地として有名になる1970年代前半から村の様子は一変する。村が村落の家々に温泉を引き、行政主導で始まった民宿は地域の主要な産業になるまで増えていった。いまは人口減少や高齢化などにより民宿の数は少し減っているものの多くが民宿を営み、村民のほとんどが観光関連の仕事に就くか、直接的・間接的に観光の受益者になっている。これぞ地域ぐるみの観光まちづくりである。

 これには町ぐるみの観光まちづくり以上の意味がある。例えば近年問題になっている観光公害やオーバーツーリズム。これらは必ずしも数の増加だけに原因があるわけではなく、住民の日常の生活が観光客によって脅かされることから起因する心理的な状態も含まれる。しかし町の誰もが観光に関わる当事者になれば、観光客を邪魔者とする見方はなくなり、町の観光に対する一定の責任が共有され、観光促進や問題解決の合意形成が容易になる。

 今日、町の活性化を目標に掲げ、さまざまな施策や方法が議論されるが、住民の自発的参加や生活環境の保全などを看過してはならない。

崔載弦(東海大学観光学部准教授)

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