そうはいっても
2022.08.15 08:00
7月15~17日、千葉県香取市で3年ぶりに「佐原の大祭」が開催された。300年以上の歴史を持つ、ユネスコ無形文化遺産にも登録される関東三大山車祭りの1つ。ケヤキの山車に重厚な彫刻、日本神話やさまざまな説話に登場する歴史上の人物を模した大人形が、小江戸と呼ばれいまでは映画やドラマのロケ地の定番となった歴史的な佐原の街を練り歩く。
かつて千葉で仕事をしていた頃、初めて個人型のパッケージツアーを造成した時にはクーポンを受け入れてくれる飲食店を口説くのに苦労し、パンフレットに書かれた時間どおりに山車が現れない苦情に対応し、と着地観光のはしりでなければ経験できないことを学ばせていただいたこの祭りを久しぶりに見ることができた。
見どころは各町ごとに個性ある10台の山車が町の中心に現れては掛け声とともに回転させる「曳き廻し」。しかし、密集を避けるために連続しての曳き廻しは行わず、各町内で自由に行う「乱曳き」へ変更したと告知されている。そのほか、広場の特設ステージでのイベントなども中止だという。
東京駅から祭りの期間だけ運転される臨時特急に乗って佐原駅に降り立つと地元の「ミスあやめ」をはじめ多くの人が歓迎してくれる。歩行者天国の本通りは多くの人で賑わっていた。飲食の屋台も多く出ている。気温は昼前ですでに30度を超え、かき氷が飛ぶように売れている。生ビールも。連続して山車が現れない一方で、そう広くはない街を少し歩けばおはやしの音色を頼りに山車には容易に巡り合うことができ、むしろ効率よい。山車はランダムにやってきては威勢よく狭いコーナーを回転していく。満面の笑みで山車を引く子供に懸命に練習した手踊りを披露する女性たち。日本の祭りとはこういうものだ。その熱狂ぶりに喜びで震えた。
しかし、山車に目をやるとその上ではやしを奏でる子供の笛の吹き口には見慣れぬ透明のカバーが付いていて邪魔そうだ。引き手ももちろんマスク姿。普段どおりの祭りに限りなく近い雰囲気が流れる中で、時折流れる放送も水を差す。「できるだけ密を避けて行動してください」
祭りをやる、やらないは各地でこの夏難しい判断を迫られた。行動制限を強いられない中でも気にしなければならないのは地域で二分されたもう一方の声。やるにしても、「感染対策を万全に」との言葉をチラシに書き、ウェブサイトに表示し、看板に掲げ放送しなければバランスが取れない。しかし現実は圧倒的に楽しいいつもの光景。荘厳な山車の曳き回しの周りに多くの人が集い歓声を上げ、屋台のビールは売り切れる。
密にならない祭りなどない。だからこの「密にならないように」という呼びかけは別の人に向けての免罪符だ。すでに国際線の機内でマスク着用をお願いするのは日本の航空会社だけになった。ウイルスに飛行機の国籍は関係ないだろう。
マイナンバーカードの普及や地域のDXが一向に進まない壁は「そうはいっても」の声への配慮。現状を飛躍的に変える新しいことに否定的な人々に耳を傾けすぎるばかり、バランスを取ろうとするばかりにどっちつかずの結論が出され、やがてそれが不自然な状態で顕在化していく。悲しいほど予想どおり、日本の悪いところが出てしまっているこの夏。
ワクチンさえ打てば状況は変わると言ってなかったか。マスクをすればと言ってなかったか。なぜ行動制限を求められていないのに地域の小さな祭りほど今年も中止しているのか。「そうはいっても」「そうはいっても」。連呼するたびに、地域のチカラが落ちていく。
高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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