バックボード
2022.02.21 08:00

記者会見で企業のロゴなどが入ったバックボードが置かれるようになったのはつい最近のことだ。かなり前からスポーツイベントのインタビューなどではスポンサーロゴのボードはあった気がする。しかし新商品やサービスを発表する企業の会見時、昔の背景はたいてい無地か金びょうぶだった。いまでは行政の首長の会見やちょっとした地域のイベントに至るまで、絵的に「映え」を意識したバックボードが花盛りだ。
後押ししているのは言うまでもなくデジタルメディアの勃興。テレビの全国ニュースに取り上げられる可能性はわずかでも、目的ごとに作られたキュレーションメディアや業界誌サイトなどが鮮明な写真や動画と共にその光景を発信してくれる。さらにお金さえ払えばPR専門のサイトがリリース資料を上手に加工し配信してくれる。
昔は記者会見後に話題になったかを推し量る指標は新聞記事の段数とテレビニュースの秒数だったが、いま重要視される指標はSNSの拡散数。だから、企業も自治体もこぞってニュースリリースと記者会見に力を入れる。ニュース配信専門サイトPR TIMESの配信件数は21年8月に累計100万件を超えた。14年の10万件から実に7年で10倍に伸びている。
その飛躍的な伸びに比例して日本経済や産業が振興している事実はない。だからニュースの中にはまるでバリューのないものも含まれる。趣味や嗜好ごとにバイアスをかけた状態で流れてくるスマホからのニュースは、時としてその真偽を多角的に分析し判断するという人間の正常な感覚をも失わせる。
近年のはやりは「〇〇×●●」などの提携やコラボレーションの発表。いまではあまりに多すぎて違和感がなくなってきた。しかし、ライバル同士や異色の組み合わせならいざ知らず、極めて当たり前の会社同士、しかも通常の契約や取引関係のことを「提携」と称し、にこやかにバックボードの前で握手しながら写真に納まるのはどうなのだろう。企業同士の連携リリースは、単に瞬間の株価に影響を与えるだけということもある。新規公開(IPO)を控えたスタートアップとの共同発表であれば、まだ事業を開始していないにもかかわらず、顧客ではなく特定の誰かを喜ばせるだけにすぎないことも当然ながらある。
ツーリズムの分野でいえば、例えば自治体と旅行会社との包括連携協定。自治体から見ればネットワークのある旅行会社からの送客に期待する面は当然あろう。でも業界全体から見たら、その提携で同業他社はその地域を推しづらくなるのではないかと考えるはずだ。しかも、店舗のパンフレットラックとカウンタースタッフが消滅する中で「推す」手段は限られる。単に商品を造成するだけならそれは通常の本来業務だ。
かつて多くのデスティネーションを開発し、そこに旅する人を創造するというプロセスの中に提携と称して発表することはあまりなかった。送客ではなく着地商品や人づくり支援などは地域と業界全体に寄与しなければならない。だとすれば、バックボードの企業ロゴは不要だ。ひょっとして、単に業界内、いわんや社内の覇権争いのためにプレスリリース自体が目的化していないか。話題になるのは悪いことではない。でも、本質を追わず単に手だけ握ってはいないだろうか。
かくいう当社も複数の自治体や企業と連携協定を結んでいる。私も多くの記者会見に臨んだ。バックボードのロゴが無意味な価値を生み出さないように。本当に組んでよかったと相手と顧客に思っていただけるように。地域が潤い、持続できるように。そう念じて意味のある提携をと心掛けている。自戒を込めて。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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