匠ツーリズム 職人と観光が紡ぐ伝統文化

2022.01.31 00:00

(C)iStock.com/dannyfroese

観光によって伝統的な技術に光を照らし、ものづくり文化の理解醸成や地域振興につなげる取り組みが増えている。観光事業者や自治体は新たな観光コンテンツの育成に期待を高める。何より、担い手である匠の側が後継者確保や技術継承の観点からツーリズムを活用する動きが活発になってきた。

 世界無形文化遺産として20年に登録された「伝統建築工匠の技」は日本が誇る伝統技術だ。しかし、その担い手であり1400年もの技術継承の歴史がある宮大工を取り巻く環境は決して良好ではない。後継者不足と、それに伴う技術継承の困難さは日に日に高まっている。

 「宮大工の技術は口伝ですらなく、ひたすら見て覚えるもの。でっち奉公が現代の価値観にそぐわない事情もあって大工の数は激減しており、現場で活躍している認定宮大工は全国でも20人ほどしかいないのでは」

 文化庁の「上質な観光サービスを求める旅行者の訪日等の促進に向けた文化資源の高付加価値化促進事業」に採択された「宮大工ツーリズム」に取り組む花升木工の市川千里女将は宮大工の現状をこう説明する。このままでは事業や技術の継承が難しくなる。そこで花升木工は宮大工の技をアピールし理解を広める目的で、技術の粋を凝らした組み立て式の運搬可能な本格茶室を製作した。数年前から美術館や有名百貨店、ラグジュアリーホテルのオープニングなど各種イベントに積極的に参加。19年にはフランスで開催された欧州最大のインテリア見本市にも出展し反響を呼んだ。さらには宮大工の修行の場を提供し人材育成する目的で宮大工養成塾の開設を決め、22年4月開校を目指して準備を進めている。

生きる伝統を体験する商品に

 そういうタイミングで舞い込んだのが宮大工ツーリズムの話だった。市川女将は「自分の中には観光という発想はなかったが、運命に導かれた感じだった」と振り返る。

 話を持ち込んだのは、国内外の富裕層向けマーケティングを手掛けるルート・アンド・パートナーズの増渕達也代表取締役だ。宮大工こそ日本のサステイナブルを象徴する事業かつ技術である点に着目。「世界最古の事業トップ10のうち1位は日本の宮大工で2位は温泉旅館。この2つを掛け合わせれば文字どおりサステナブルツーリズムになり得るし、日本でしか提供できない独自性も強みになる」と考えた。そこで支援対象経費の全額を国費で支援するという好条件で募集を行っていた文化庁事業への応募を目指し、宮大工の担い手であり対外的なアピールにも積極的だった花升木工に協力を呼び掛けた。

 ルート・アンド・パートナーズの富裕層旅行戦略子会社であるThe Sempo Projectと花升木工が事業の採択を受けて具体化を進め、21年12月に実証事業を開始。花升木工の本社が神奈川県にあるため、同じ神奈川県にある湯河原町の伊藤屋、藤田屋、上野屋など国指定登録有形文化財を持つ老舗旅館の協力を取り付けた。

 最もこだわったのは宮大工の技を実際の作業現場で見せることだ。花升木工が修復を手掛ける湯河原の五所神社で同社の市川晶麻棟梁が技を解説しながら実演した。「最大のポイントは、通常は関係者しか立ち入れない修復現場で作業を披露できたこと。ほとんどの人が体験したことのない環境で見たことのない技を宮大工本人の説明付きで見られる。その特別感は大きな魅力」(増渕代表)

 市川女将も「外国人旅行者などに人気の忍者や侍はもういないが、1400年の歴史を持つ宮大工は現代に生きている。参加者には簡単な大工仕事をさせて弟子入り体験をしてもらい認定証を渡すことにした」と体験プログラムとして満足度を高める仕掛けも工夫したという。

【続きは週刊トラベルジャーナル22年1月31日号で】

関連キーワード