いつかそのうち
2021.11.15 08:00

1年半にわたる日本総自粛期間が明け、国内各地を出歩く日々が続いている。実はこれまでも、このまだら模様の日本の姿を目に焼き付けておくことは間違いなく将来の糧となると信じ、かなり出かけていたが、それはすべて自主活動。誰かに「来てください」と呼ばれて行く相思相愛な旅はこれまでとは異なる満足感が伴う。
もっとも明けたからといって人の流れが完全に戻り、経済が回復し上昇機運に転じるにはかなりの時間がかかるはずだ。いや、テレビが報じる都心の繁華街や、アクセスが良く知名度抜群な観光地の見た目の回復は早いに違いない。一方で、その裏で事業をたたむ店や宿、集落もろともひっそりと消えていく地域は少なくないだろう。
それくらい日本の未来とそれを託す日本の若い世代にとって、われわれが犯した罪は大きい。人口減少による労働人口の消失という負のスパイラルを関係人口の構築イコール観光で埋めるという、日本に残されたわずかなチャンスを破壊し、遠くから来た旅人を温かく迎え入れるという地域のおもてなしの心をズタズタに引き裂き、ものづくりからサービス業への転換による成長を逆回転させてしまった。見えない県境を越えるたび、見知らぬ街を歩くたび、まるで江戸時代のように通行手形ならぬ接種記録や検査証明を携え誰かの目におびえる日々も、そう簡単には終わらない。
だから為政者やわれわれ企業人は、いまこそ旅をして地域を歩き、そこで生活している人と向き合うべきだ。たとえ直視する現実が、途方に暮れるほど解決が困難であると知ることになったとしても。長い間の不自由な行動制限は、都市と地方との交流も、集う人の数も、その物理的な距離ですらも制御してしまった。そのことが地域の人々の心にどう影響を与えているか。それを知るチャンスはいましかない。
岩手県三陸沿岸にある田野畑村。リアス式海岸の入り江にあるこの漁業の街は、後継者不足、収入不足などの課題解決のためにサッパ船という小さな漁船で観光船免許を取得し、観光客を乗せて断崖絶壁の海へと繰り出すスリル満点のツアーを行っていた。船を下りると「番屋」と呼ばれる漁具小屋に案内され、漁師と観光客との交流が行われる。いまではどこにでもある体験型、着地型観光のスタイル。しかしこれが始まったのは約15年前。当時そのようなスタイルの旅を素材として提供する地域も、ツアーとして造成する旅行会社も少なかった。村の方にお会いしたのは観光キャンペーンでのレセプションの席でのこと。当時、旅行会社の社長だった私はこんな会話を交わしていた。「ぜひ一度お越しください」「はい、いつかそのうち」
私が田野畑の浜に立ったのはそれからかなり時間がたった11年8月。津波で跡形もなく流された港、船と番屋があったであろう場所。もちろん、そこに案内してくれる人の姿もない。涙が止まらなかった。同時に旅行会社の無力さを感じた。コンテンツも宿もみな地域がつくっている。地域がなくなったら、われわれは生きていけないのだ。その後、浜と港は復興し、クラウドファンディングで番屋が再建され、ツアーが再開されていく過程に目を細めることができたのは、あの日あの場に立ったからだ。
それからの私は「ぜひ来てください」となったら、できるだけすぐ具体的にいつ行くかを決めることにしている。仮に何かの都合で延期になったとしても、先に決めておけば予定を変えれば済むから必ず行ける。
いつか、では手遅れになるかもしれないから、いま出かけよう。見たいものを見に、会いたい人に会いに。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。
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