東洋大学の越智良典教授が語る「観光の未来に向けて」

2021.02.01 00:00

旅行業界は目下、これまで誰も経験したことのない状況に直面している。コロナ禍をどう受け止め、どのように対処していくべきか。昨年までJATA(日本旅行業協会)の理事・事務局長としてコロナ禍の対応に当たってきた東洋大学の越智良典教授が6つの疑問に答える形でヒントを示した。

 新型コロナウイルス感染拡大の渦中にあって、「トラベルがなぜ優遇されるのか」と疑問の声を聞くことがあります。その答えについて、考えたいと思います。

 安倍首相(当時)は昨年3月23日、「観光は日本の成長戦略の柱であり、今回大変な被害を受けているが、まず、事業を継続できるように全面的に支援する」とコメントし、「しかるべき時にV字回復させるために前例のない規模の旅行キャンペーンができるように予算化する」との方針を打ち出しました。これがGoToトラベルキャンペーンとして具体化しました。GoToに似た取り組みは他国でも行われていますが、1.3兆円もの予算化を決断したのは日本だけです。その背景には、「日本の奇跡」と言われほどのインバウンドの急成長があります。訪日外国人は5年で3倍に増え3000万人を達成。旅行消費額は4.5兆円に達しています。

 また、過去に需要回復で大きな成果を上げた取り組みがあります。たとえば、重症急性呼吸器症候群(SARS)の際は終息宣言を機に集中的なリカバリーキャンペーンを実施し、香港は旅行需要回復。西日本豪雨後のふっこう割では、宿泊割引のスキームで国内旅行需要を喚起しました。これらを参考にGoToトラベルが考案されました。現在の日本に必要なのは感染拡大の防止と経済の両立であり、その経済対策を支えるエースで4番の働きをしたのがトラベル。だから期待されるのです。

 そのGoToトラベル事業について、事務局が旅行業に冷たいとの声もあります。事務局がコンペの末にようやくできたのはキャンペーン開始の数日前でした。そこから観光庁の下で共同体の事務局として、旅行会社、OTA、宿の直販を通じて、観光産業全体に広く水を流すのが仕事です。観光産業全体を救う役割を担うなかで、旅行会社にとって冷たく見える局面があったかもしれません。しかし、事務局はあまねく、迅速に、公平、公正、安全・安心の5原則に基づいて仕事を進めていることを理解してほしいと思います。

来て安心の体制づくりも

 コロナ禍の中の旅行を語るなかでマイクロツーリズムが話題に上ることが多いのはなぜでしょうか。旅行需要回復への大きな道筋は、GoToトラベルで国内旅行を刺激して旅行回復の環境づくりをし、その後に海外旅行やインバウンドの回復につなげていくというものです。GoToトラベルを通じて発見が2つありました。1つは、海外旅行を諦めた東京で425万人、全国で2008万人が国内再発見の旅へ向かい目の肥えた旅行者が増えたこと。もう1つは、居住地近くを旅行する人が多いことです。GoToトラベルの旅行者がどこから来ているかを分析すると、北海道旅行をした者の88%は道内客。都道府県ごとに、どこから来た旅行者が多かったかを見ると、埼玉県を除くすべての都道府県で1位は地元からでした。地元化、狭域化が進行していたのです。これがマイクロツーリズムが話題を集めている理由でしょう。

 しかし、旅行者が個々に自家用車で近隣を旅行するだけでは交通機関も旅行業も潤わず、都市圏から地方への移動がなければ本当の意味での地域活性化にはつながりません。あくまで目指すべきはマクロツーリズム。そこへ至る一歩目としてマイクロツーリズムが着目されるわけです。

 感染拡大とトラベルの両立が可能か疑問を持つ人も少なくありません。両立を可能にするために観光業界は感染拡大防止のガイドラインを定め、安心な旅を心掛けています。旅行・宿泊業界ではいち早く感染症専門家を交えて準備を進め、他業界に先行して感染拡大と両立を可能にするガイドラインをまとめることができました。これを順守することがGoToトラベル参加の条件にもなっています。

 宿泊施設に関しては、専門チームが100項目にも及ぶ調査・指導を全参加施設に対して実施しており、旅行会社のチェックもこれからさらに進むはずです。宿泊施設も旅行会社も、何かあれば風評被害につながりかねませんから、必死に取り組んでいます。こうしたことにより、感染拡大とトラベルが両立できる環境が生まれています。

 一方で医療キャパシティーが小さい地域では旅行者に医療資源を充てることに危惧もあります。地方でもインバウンドが伸び、受け入れ環境が整ってきましたが、コロナ禍で受け入れへの抵抗感は強くなるでしょう。しかし、インバウンド受け入れの再拡大を念頭に感染症対策の認証制度を設けた山梨県のような取り組みもあります。「行って安心」だけでなく、受け入れる地元側の視点で「来て安心」の体制をつくることが重要です。

 GoToトラベルに海外版がないのはなぜでしょう。世界各国の観光戦略は、産業育成や貿易黒字が目的だったり、国のブランド力の向上を目指して組み立てられています。また、日本については、国家課題である少子高齢化の克服を観光が担うことも期待されます。そのいずれも外国からの旅行者の受け入れ、つまりインバウンドが有効な手段であり効果が期待されています。しかし、海外旅行は税金を投入してもリターンが見えにくい面があるため、なかなかそこまで至りません。そのため、相手国や関係者との共助と国の支援、たとえばチャーター支援や教育旅行支援、調査団・視察団の派遣といったものを組み合わせることで需要を拡大していくことが海外旅行には求められます。

GoTo再起動で五輪に備え

 最後に明日への手掛かりについて話します。政府には第3次補正予算を成立させていただき、6月までにGoToトラベルを再起動し東京五輪に備えなければなりません。そのために感染防止を再度強化することや国内企画を拡充してGoToトラベルの段階的な補助額の縮小に備える。自治体との連携のもとに割引等の施策を引き出す取り組みも必要でしょう。県民割との併用で県内需要、次いで近隣需要を喚起するような取り組みも必要です。

 国際観光は必ず戻ります。アジアをはじめ世界で市場が急拡大しているトレンドを捉え、30年に訪日6000万人という政府の目標達成に向けた動きに乗れば成果を得られるはずです。30年は遠いようで近い。今後は大阪万博やリニア新幹線開通も予定されています。30年はSDGsの達成目標年であり、グリーンをキーワードにハイブリッドな共生型の世界を日本が示せるようにしたいところです。旅行・観光の力で日本を世界を元気にする。そのためにも復活に向けて力を合わせていきましょう。

おち・よしのり●1952年生まれ。早稲田大学卒業後、75年近畿日本ツーリスト入社。海外旅行部長などを歴任し、2007年常務取締役、08年専務取締役。経営戦略本部や国際旅行事業本部等を統括。ユナイテッドツアーズ代表取締役社長を経て、13年JATA(日本旅行業協会)理事・事務局長。20年4月から現職。JATA参与も務める。