だれもがそらへ

2020.11.16 08:00

 9月の4連休、GoToで少し賑わいを取り戻しつつある大阪・道頓堀の戎橋にある日本最大級のデジタル広告用サイネージ、エビスバシヒットビジョンに動画配信サービス企業ネットフリックスのキャンペーンCMが流れた。

 ネットフリックスの米国での創業は1997年、10年ちょっとの間に世界で1億2500万人もの契約者を抱えるまでになった。過去の映画やテレビ番組の配信だけでなく、自らコンテンツメーカーとなり質の高い独自のドラマなどを制作。休眠会員には退会を促し常に正しくアクティブな契約者の価値創造を念頭に置くなど、単なる配信サービスとは言い切れないビジネスモデルの奥深さには舌を巻く。

 そのネットフリックスが9月、初めて世界27カ国・地域でのグローバルCMキャンペーンを仕掛けた。キーとなるコピーのメッセージは“We’re only one story away.”。コロナ禍のなかで国境や人種の壁を超えて人々の心をつなげるストーリーの力をあらためて伝えることが目的だそうだ。コピーは日本語では「ひとりじゃない、世界がある。」。家にいる機会が増えたなかで目にした人もいたのではないか。

 話を大阪の巨大ビジョンに戻そう。何気なく見上げたそこに流れるネットフリックスのCMは見慣れたものだが何となく違和感がある。最後に出てきたキーコピーの文字を見て思わず、あっと声を出してしまった。「ひとりじゃない、世界がある。」ではなく「ひとりちゃう、世界があんねん。」となっていたのだ。大阪で伝えるなら関西弁。彼らが日本でも勢力を拡大しつつある理由はここにある気がする。

 アマゾンで買い物すると、サイトの作りや購買プロセスの自然さ、返品やクレームに至るまですべてウェブ上で行われるのにそのスムーズさに驚く。日本企業以上に日本的。昨年、海外でのツーリズム産業デジタル化シンポジウムで聞いた「日本人は世界中で最もせっかちで細かい。オンラインでの旅行購入でも対面と同等かそれ以上の繊細さが要求される」という話を思い出す。

 ブッキング・ドットコムは日本人でも海外のホテルをスムーズに予約できるようにした立役者だが、彼らのサイトやメルマガは私のことを「ATSUSHI様」と呼んでくる。それで一般的な日本人の国内旅行市場を席巻するのは難しいだろう。エクスペディアの「航空券を予約すればホテル代無料」のコピーは旅行手段が必ずしもエア&ホテルでない日本の旅行市場では少し違和感がある。インド発のスタートアップ、OYOホテルは個人経営のホテルをブランド化しオンラインで結ぶビジネスモデルで急成長して日本に進出したが、予約管理システムなどでインドの仕組みをほぼそのまま持ち込んだことでトラブルが続出、日本でその力を発揮できずにいる。

 世界中どこよりも繊細な日本人の旅心を知り、動かすことができるのは誰か。それは日本企業か外国企業の区別ではなく、「海外で成功したから」という話を鵜呑みにすることでもない。お客さまをよく知り、それに合わせたサービスを提供するという意志を貫き通せるかどうかにかかってくるのではないか。国内旅行市場に目を向けざるを得ないいま、もう一度原点をしっかり見直さないとプレイヤーとしての存在はさらに危うくなる。

 残念だが12月エアアジア・ジャパンが撤退する。関係者の判断とご苦労たるや大変なものであっただろう。ただ、あえて言わせていただきたい。機体の横に書かれた「Now Everyone Can Fly.(いまだれもがそらへ)」。LCCの草分けとしてマレーシアで成功したこの象徴的な言葉、果たして日本の国内旅行市場に向けても使う必要はあっただろうか。

高橋敦司●ジェイアール東日本企画 常務取締役営業本部長 チーフ・デジタル・オフィサー。1989年、東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。本社営業部旅行業課長、千葉支社営業部長等を歴任後、2009年びゅうトラベルサービス社長。13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長を経て、17年6月から現職。

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