観光業界人お薦めの1冊 コロナの時代が続くなかで

2020.11.02 00:00

(C)iStock.com/baona

コロナとの共生の時代に入り、観光産業を取り巻く環境が激変している。目指すべき未来はこれまでの延長線上にはなく、私たちは何をよりどころに未来を描けばいいのだろうか。読書の秋恒例の選書企画。キーパーソンお薦めの1冊から、ヒントを得てみたい。

『旅のラゴス』筒井康隆著(新潮社)

 本書はSF小説に属する作品である。30年以上も前、学生の頃に読んだものだが、数年前にも話題となり書店に並んだ文庫本を見かけた方も少なくないだろう。コロナ禍で観光・交通運輸業界に未曽有の危機が訪れているなか、空想本とは不謹慎というご批判もあるかもしれない。しかしながら、われわれの多くが職業人に移行する段で憧れから生業として捉え直した「旅」というものの本質をこの機会に顧みることが、何かのきっかけを授けてくれるのではないかと期待するものである。

 ヒトは何のために移動し、知らない土地で時間を過ごすのか。良く知った土地で顔も名前もわかる仲間と暮らしていれば遭遇することのない危険があるにもかかわらず、旅に出なくてはいけない生き物なのではないだろうか。そんなことを本書はあらためて思い出させてくれる。

 登場する主人公は、北から南へ、南から北へと旅をしながら、奴隷にされたり、王様になったり、学び、挑戦し、横道に逸れながら人生を全うする。過去と未来が交差したり、文明が生まれては消えというSFらしい世界感の中で、読み終えれば「人生=旅だ」となること間違いなし。

 そういえば、娘と見たNHKスペシャルで、ホモサピエンスが中央アフリカで興り、世界の隅々まで広がったのはなぜか、同時期に存在し、現在は絶えてしまったとされるネアンデルタール人など他の人類との違いは何か、という解説をしていた。あの山の向こうには何があるのか、水平線の向こうはどうなっているのか、知りたくなる好奇心とそれを満たすために行動すること。自分が見聞きし、経験したことを他人に伝えるコミュニケーション能力がホモサピエンスの特徴なのだそうだ。

 われわれのDNAに旅に出なくてはならないコードが書き込まれていることが現生人類の繁栄の理由だとすれば、コロナ禍でもその衝動は止まらないはずだ。業界人に立ち止まる暇はなく、ヒトの好奇心を満たすことや、物理的に移動したくなる欲求を満たす手伝いをし続けなければならない。

 ウィズコロナ、ポストコロナの世界にあって、考えるべきこと、やるべきことは無限にあるように思えるが、旅の本質を想う軸はぶれることなく前進したいものである。

 とはいえ、「時をかける少女」や「家族八景」といった七瀬シリーズなどで多くのファンを獲得した筒井康隆氏の作品である。重く考えずにさらっと読んで、苦労の多い皆さんに気分転換していただくだけでもご紹介した価値はあろう。

 いまできることを、明日も頑張ってみよう!

【続きは週刊トラベルジャーナル20年11月2日号で】

西田真吾●ZIPAIR Tokyo代表取締役社長。1968年生まれ。神奈川県出身。日本航空(JL)で関連事業室マネジャー、マイレージ事業部長などを歴任。2018年7月、JL100%出資の国際線中長距離ローコストキャリア設立とともに現職。

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