地政学的困難に直面する北東アジアのこれから
2019.09.09 01:00
北米のツーリズム関連サイトによるとマスターカードが最近発表した世界各都市の指数をベースとした比較で、09年に世界7位であった中国の国外旅行者数がいまやトップの米国に次いで世界2位の送客マーケットとなっている。世界観光機関(UNWTO)によれば支出額では中国からの旅行者が2000億ドル以上と、1200億ドルの米国旅行者を大きく引き離し世界最大となっている。
世界中のツーリズム関係者が中国市場への食い込みに必死だ。中国政府もこうした状況を十分意識して、その力をさまざまな場面で使っている。明白な渡航禁止、特定デスティネーションを対象とした注意喚起、さらには国営メディアを通じた政治的メッセージなど、1党独裁の中央集権国家だからこそ可能なさまざまな手法が使われている。
分かりやすいのが台湾との国交を有するパラオのケース。17年のパラオ訪問者12万人のうち5万5000人が中国からだが、中国政府が台湾を国として認めるパラオを違法な渡航先と指定してから訪問客は大きく減少、パラオ・パシフィック航空は中国便を廃止せざるを得なかった。
2年ほど前には新型ミサイル配備を巡って中国から韓国への団体旅行が実質禁止され、一部緩和されたものの16年に800万人以上を記録した中国からの来訪者数が昨年は500万人弱にとどまった。米中間の経済摩擦の影響で、中国から米国への留学を歓迎しないムードも出てきている。
中国絡みの対立が世界的に注目を集めるが、経済戦争の様相すら帯びた日韓関係も関心を呼ぶ。これに米中の貿易や華為技術(ファーウェイ)問題、さらに北朝鮮と続き、最新のトラブルとして1997年の英国統治権返還以降最悪とされる香港の状況がある。不謹慎ながら北東アジアは地政学的困難の集積地域といった印象さえ受ける。
海外の記事には「香港が陥落したら何が起こる?」といった刺激的なタイトルまで見受けられる。一向に収まる気配のない犯罪者引渡条例反対運動、当事者能力が感じられない香港政府、実力行使の可能性をちらつかせる中国政府など、そうした記事が不自然でない雰囲気が作り出される。
最大の市場である中国への近さと欧米型の法制度、統治体制、ビジネス環境など、いわば1国2制度がもたらした二重のメリットを享受できるため、ツーリズム関連の国際企業でアジア本社を香港に置くケースが多い。こうした企業の中で最悪の場合にアジア本部を他の都市へ移す可能性を調べだすところも出てきていると報じられる。もし本当に1国2制度が終わる、あるいは終わりそうになった時に、最もメリットを得そうなのはシンガポールである。現にある法律事務所では、中国で格安航空事業を検討する国際企業から事業本社を香港とシンガポールのどちらに置くべきかと相談を受けている。
利を得る立場にあるとされるのはASEAN諸国、オセアニアと意外にも日本である。韓国からの訪日客はマイナスだが、韓国、台湾、香港という3大旅行先に問題を抱える中国市場が日本にシフトすると想定される。大きなマイナスを蒙るとされるのは台湾、香港、米国。北東アジアの状況が継続あるいは悪化した場合、地域のツーリズムの健全な発展が阻害される危険性は否定できない。
グループ4●旅行業界と外国政府観光局で永年キャリアを積んできた4人により構成。大学の観光学部で教鞭をとったり、旅行業団体の幹部経験者もいる。現在、外国メディアで日常的に海外の観光・旅行業界事情に接し、時宜に応じたテーマで執筆している。
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