不便をあえて取り入れて本物の感動を
2018.01.22 08:00

便利なことは果たして歓迎すべきことなのだろうか。車の自動運転が目前に迫り、IoTだ、AIだという時代に何をバカなことをと思われるかもしれないが、京都大学の教授が「不便益」なる研究を大真面目にやっていると聞いたら少しは興味を持っていただけるのではないか。
「今、行き方がよくわからない旅行ガイドブックを考えているんです。例えば金閣寺のことは書いてあるけど行き方はちょっとしか書いてない。そもそも京都の街歩きを楽しみ風情を感じたかったはずなのに、ガイドブックばかり見て途中の街の風情を全く楽しめなかった。そんなことってないですか。行き方は街の人に聞けばいい。そうすれば、その土地の人たちとも触れ合える。旅は多少のトラブル、不便があったほうが思い出深いんです」。そんな話が11月、ラジオから流れてきた。声の主は京都大学デザイン学ユニット特定教授の川上浩司氏である。
川上教授は不便益システム研究所を主宰している。便利とは手間がかからず、頭を使わなくてもよいことだとすると、不便で良かったことや不便じゃなくちゃダメなことがいろいろと見えてくる。人工物に囲まれた生活を否定し昔の生活に戻れといっているわけではないが、便利の押しつけが人から生活することや成長することを奪ってはいけない。そんなことが同研究所のウェブで述べられている。
通常、便利になることは人間の進歩の証と捉えるのが一般的だ。私が子供のころは、まだ薪でご飯を炊いていたし風呂も薪で沸かしていた。早朝から家事に追われる母を救ったのは電気炊飯器であり、ガスコンロ、冷蔵庫、洗濯機、湯沸かし器など文明の利器である。私自身、便利になることはありがたいと何度も思ってきた。
しかし最近は、あれこれ考えてみると便利さに疑問を持つことが多々ある。PCを日常的に使うようになったら漢字が書けなくなったし、ナビ頼りの運転で道を覚えなくなった。電話番号も、以前はよく掛ける番号は覚えていたが、今はすべてスマホの中である。洗濯機も昔のように洗濯時間の表示に合わせて適当につかみを回すだけでは済まなくなった。何もかも過程が省かれてブラックボックス化されてしまい、壊れたら手も足も出なくなった。
川上教授が書いた本にもあれこれ面白い例が載っている。例えば、バリアアリーの介護施設。わざと段差をつけてそのバリアーを意識して生活すれば、リハビリも不要で健康が維持できる。ある保育園では、自動蛇口も自動扉も付けず。あえてすべて手動にすることでことの意味を覚えさせる。富士山にエレベーターで昇れたら人は満足するだろうか。振ればホームランが打てるバットを人は喜んで使うだろうか。少々極端だが、川上教授は真剣に考えている。
旅行においてはどうだろうか。いくらトラブルがかえっていい旅の思い出になると言われても、私たち旅行会社がまさかトラブルを演出することはできない。しかし、世にいう観光地は便利にでき過ぎていて、しつらえものの感が拭えない。確実に観られるし手配も容易であり簡単にツアーに組み込むことができるが感動は薄い。まして最近は、こうした便利な観光地はインターネットでお客さまが自分で簡単に手配できてしまう。まさに便利な世の中になった。
しかし、こうした観光地を外れて本物を観てもらおう、本物を体験してもらおうと思うと途端に不便になる。そこで不便益の登場である。こうした不便をあえて取り入れて本物の感動を提供するのがこれからの旅行会社の価値ではなかろうか。不便という手間を省いてはならない。

原優二●風の旅行社代表取締役社長。1956年生まれ。東京都職員、アクロス・トラベラーズ・ビューローなどを経て、91年に風の旅行社を設立し現職。2012年からJATA理事、16年から旅行産業経営塾塾長を務める。
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