<PR>山から海につながる生態の営みを体感 鳥取・江府町が描くプラネタリーヘルス・ツーリズム

2024.05.27 00:00

プラネタリーヘルスの拠点せせらぎ公園。土木や農業による再生を実践

中国地方最高峰・大山(だいせん)の麓にある鳥取県江府町は民間と日本初のプラネタリーヘルス・ツーリズムの実装化を進めている。再生型観光や自己変容の旅などの要素も含んだ人と地球の健康を考えるプラネタリーヘルス・ツーリズムとは……。

 江府町は米子から車で約30分、古来からの霊山である大山南麓に位置する県内人口最小(2514人)の町。大山に広がるブナの原生林が蓄えた水が町の重要な資源となることから、水のふるさとSDGs宣言を行い、環境保全や環境教育事業に力を入れる。22年11月からはヘルスケアの視点で地域創生に取り組む医師の桐村里紗氏が代表を務めるtenraiと連携しプラネタリーヘルス(人と地球の健康)を推進、「自然の学びと体験のフィールド」として知名度アップを狙う。桐村氏は実践のために江府町に移住し、町や周辺住民と共に地域の再生活動に取り組んでいる。

 プラネタリーヘルスは公衆衛生や国をも超えてすべての生物を含んだ地球環境と人間の健康を1つの有機システムとして捉えるヘルスケアの考え方。15年に医学誌で提唱されて以来、国際的に研究や実装が進められている。地球の破壊はもはや致命的で保全やサステナビリティーでは間に合わず、人間が関わって再生していかなければならない。ところが人間は生態系の中にいる実感がないのが現実だ。その変容のためには「自然の中に身体を置いて環境を学ぶツーリズムが必要」だと桐村氏は説く。それができるのが自然資本があるローカルであり、そこで自然資本を再生するための体験と地球視野の見方を提供できるという。

 桐村氏はこれを古代の自然科学者でもあった素戔嗚(スサノオ)になぞらえ「スサノオの視座」と例える。製鉄が盛んだった古代出雲で治水や植林の技術で暴れ川を治めたスサノオは、自然の摂理に従い渡来文化と共存共栄する文明を築いた。この環境を観察する視座を得ることが自己変容につながると主張する同氏は「いずれは全国の霊山で流域の連続性を取り戻し、歴史文化や気候風土を踏まえた古くて新しいプラネタリーヘルスを実現したい」と力を込める。

構想を説明するBisui Daisenの大原氏(左)とtenraiの桐村氏

 3月に発足したプラネタリーヘルス・イニシアティブのパートナーとして、4月から旅行事業を実施するのは大山流域で自然体験などを提供するBisui Daisen。江府町と大山流域を舞台に2泊3日のツアーを催行する。地元の人が「大山さんのおかげ」と信仰する山とその恵みである水をテーマに、源流での沢登り、協生農法のワークショップ、水源や湧水地の散策、湧水が育んだ恵みの食などの体験や対話を通じて、「大山さん」を体で感じ切る。参加は12人前後、価格は15万~20万円を想定。当面のターゲットは企業研修や自己変容を起こしたい個人だが教育旅行など対象に合わせたアレンジも可能だ。大山周辺は観光庁による「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」のモデル地域のため、インバウンドも視野に入れる。

自然の劣化を目の当たりに

 かつて先人たちは奥深い山を禁足地として守り、里山で植林し、土に保たれた水で米を育て、自然の恵みに感謝して生きていた。そういった自然を敬う気持ちを、江府町の環境施設やフィールドで呼び覚ますことが期待される。また、大山の豊かな湧水が海に届くまでの流れを体感できるのと同時に、竹やぶ化やナラ枯れといった自然の劣化も目の当たりにすることになる。

 標高920mの鏡ヶ成(かがみがなる)にある休暇村奥大山は四季折々の自然が楽しめる国立公園の滞在拠点。宿泊者に自然体験プログラムを提供しており、朝の散歩会では開発から森を守ってきた歴史や森林の管理、ブナやカエデなどの広葉樹や固有の花などの話が聞ける。休止中の町営スキー場を活用した奥大山自然塾は倉本聰氏率いる富良野自然塾7番目の分校。地球の歴史を模型や道に置き換えて体感し、飲用水の少なさを視覚的に学ぶなど環境を考えるためのプログラムを提供する。すぐそばに木谷沢渓流があり、山火事に一滴ずつ水を運ぶハチドリの逸話も披露される。

インストラクターが環境について問いかける

 プラネタリーヘルス推進拠点のせせらぎ公園は長い間遊休地となり、やぶに覆われていた。草を刈り、焼き杭を打ち丸太を置き、石を積み、枝や落ち葉を敷いて土中の水と空気の流れを健全に促す環境土木により、古くからの水源が蘇った。ここでは多様な種と苗で自然に近い生態系をつくる協生農法も実践し、微生物が分解する仕組みが学べる。貝田や御机地区に残る風光明媚な棚田も、地中でろ過された水が下の田んぼに流れるなど循環するように作られたものだ。

 大山町では大山信仰の中心となる大神山神社奥宮に訪れる。700mにおよぶ石畳の参道を歩きながら岩を割って根を張る木、苔むす岩肌、地中の根と地上の関係など目に見えない水の循環に耳を傾ける。また、鈑戸(たたらど)には埋葬用と墓参り用の2つの墓を作る集落があり、遺体を埋める墓には自然の石が重ねて置かれる。人間はいずれ自然に還るという自然信仰の現れだ。

見えないものに気づくこと

 大山の豊富な水脈を体感できるのが各所にある湧水地。伯耆(ほうき)町にある地蔵滝の泉はじめ、米子市淀江町にある本宮の泉や弥生時代から水源として使用された天の真名井(あめのまない)など、透明な水が潤沢に湧く。ツアーではこれらの湧水が流れ出る淀江の海岸で塩作りも行う。水流をたどってきた先にあるのは日野川から流れてきた砂で造られた弓ヶ浜半島。日野川河口から大山方面を見渡すと水源から海まで20kmほどの道のりが俯瞰できる。この恵まれた地形について、Bisui Daisenの大原徹代表理事は「水の循環の構図が分かりやすく、視座が得やすい」と話す。

 型にはまった素材を提供して一過性の興を与えるのでなく、変容につながる見方を五感に訴え、その視座を地元に持ち帰ることで地球規模での再生につなげる。大山の水の流れを通し、これまで切り捨てられてきたものに気づくこと。それを提供するのがプラネタリーヘルス・ツーリズムで、江府町はその大きな歩みを進めている。

大山信仰の中心・大神山神社奥宮の神門

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