イデアラボの中島実穂研究員が語る変革的旅行経験の最新研究動向

2024.05.13 00:00

旅の効用を科学的に検証する旅と学びの協議会(事務局・ANAホールディングス)は3月にオンラインでシンポジウムを開催した。「人生を変える旅〜変革的旅行経験とは?」をテーマに、イデアラボの中島実穂研究員が変革的旅行経験に関する最新の動向や自身が行った調査研究について講義を行った。

 私は心理学の研究員で、自分がどんな人間か振り返ることでどんな効果があるか、メンタルを強く保つにはどのように自分を認識したらよいかをテーマに臨床心理学の分野で研究をしています。

 心理学に興味を持ったきっかけは高校時代のインド留学です。留学前は楽観的で自己効力感が高く、何かあってもなんとかなるだろうと考える人間で、インドへも気楽に出発しました。ところが現地では失敗と挫折の連続でした。その時に自分を振り返る癖が付き、自分について考えるほどうつになるという心の特性に興味を持ちました。心というのは日和見で、ランダムに動くものだと思っていたのですが、こうすればこうなるという法則性があると実体験で感じたことが心理学の研究の道に進んだ経緯です。

 その後無事日本に帰国し、人と話すなかで自分の性格がかなり変わったことに気が付きました。楽観的で常に物事を軽く見ていた私が、悲観的で慎重になりました。その変化は自己評価にとどまらず、人に言われることも多くありました。この経験こそが、まさに今回のテーマである変革的旅行経験なのではないかと思っています。

 変革的旅行経験とは、「旅行をきっかけに自分の考え方、価値観や世界観に変化が生じること」を指します。ここでいう旅行とは通常の旅行だけでなく、留学や海外駐在も含みます。日本では留学や海外駐在が旅行とみなされることは少ないですが、海外の研究では1年未満の期間は旅行と認識されますので、こうした経験も変革的旅行経験のきっかけになり得ます。

 また、変革的旅行経験は旅行をすれば必ず生じるものではなく、旅行中に一定のプロセスをたどることで発生すると考えられています。まず、旅行中に自分の価値観や世界観を脅かす状況に直面すること。「こんな状況、普通じゃない」「いつものやり方が通用しない」という状況です。こういう困難に直面すると、「これまでの考え方は正しかったのか」という内省が深まります。自分についてたくさん考え、考え抜くと、洞察を経て変化が起こる。こういうプロセスを経て変革的旅行経験が起こると考えられています。

もたらされるポジティブな変化

 欧米では近年、学術分野でも変革的旅行経験に注目が集まり、関連の研究が飛躍的に増加しています。変革的旅行経験によって好ましい特性が高められることが分かっています。例えば自己効力感や他者受容感、批判的思考力、冒険心、思いやり、まじめさ、情緒安定性、内省性、スピリチュアリティー、謙虚さ。こういったものが向上して良い人間になる、自己成長するといわれ、変革的旅行経験によってもたらされる変化は一般的にポジティブなものと解釈されています。

 変革的旅行経験が起こりやすい旅行の特徴についての調査によると、行き先では国内より海外の方が起こりやすい。娯楽、休暇、友人を訪ねる、自己研鑽を目的にした旅行の方が仕事目的より変革的旅行経験になりやすいことが示唆されています。また最新のレビューでは、ボランティアを目的とした旅や、宗教的に重要な土地を訪ねる巡礼のよう旅では、特に変革が起こりやすいといわれています。さらに旅行中、新しい人との出会い、自然との触れ合い、文化的活動への参加、快適な場所から出るといった経験をすることができると、その旅が変革的旅行経験になりやすいということも明らかになっています。

【続きは週刊トラベルジャーナル24年5月6・13日号で】

関連キーワード

カテゴリ#セミナー&シンポジウム#新着記事