旅とライフデザイン
2024.04.29 08:00
人は旅に何を求めているのだろう? いままで2000人以上の方々と世界中をツアーでご一緒して感じていることがある。旅する人は前向きで元気な方が多いということだ。知らない世界を体験したい、野生動物の世界に足を踏み入れたい、美しい自然の中に身を置きたい、海外の方とコミュニケーションしてみたいなど、その方の好奇心が行動の源泉になっている。子供の頃の好奇心を持ち続け、魅力的な方ばかりだ。
あるツアーのお客さまからのアンケートを読んで反省したことがある。サハラ砂漠へ行くツアーだった。広大な砂漠を眺めていた時にツアーコンダクターから集合を告げられた。「あと10分、いや5分でも無音の世界を体感していたかった」と書かれていた。私たちは旅程管理するためにスケジュールを予定通り調整することが求められるが、その場の状況を察しもう少し柔軟に対応する感性が必要と感じた。特にシニアの方は「いま、この場が一生に一度の貴重な時間」という意識が強い。若年齢の当社スタッフたちがその気持ちを理解する感性を持ち、運営することが大切だ。
私たちは旅の事業を通じて何を提供できるのだろう。20年春、社員で手分けしてお客さまに電話をかけた。旅のお誘いができないのでコミュニケーションが目的である。1カ月間で2600人に電話した。コロナ禍当時、多くのお客さまが話していたことは「外出できず、旅に行けなくなった。体力も落ちてくる。今後の生活をどうしたらよいのか」という不安だった。
70代の方が多いのでもっともだ。中には自宅や資産売却のために良い不動産屋を紹介してほしいという要望や高齢者施設を紹介してほしいという話もあった。高齢者住宅は以前は「老人ホーム」と呼ばれたが、いまでは異業種の大手企業も「シニアレジデンス」として参入している。私はいままでさまざまな施設を訪問する機会があり、各社の特徴を関心をもって見ていた。その結果、当社のお客さまにお薦めできる施設は「サンシティ」だろうという考えを持つようになった。旅行ができなくなった期間、お客さまのためにこの施設を紹介しようと考え、「シニアライフデザイン事業部」を立ち上げた。
オンラインでサンシティの幹部とミーティングを行い、実際にスタッフが見学会などに同行して不安のないよう案内した。現在では20世帯近い方々がこのシニアレジデンスで新しい生活を迎えている。この事業もライフデザインという旅行の延長から生まれたものだ。
私たちが提供しているものは「旅の体験」である。その体験は年齢や体力によって制限されてくる。若いうちに体験するほうが良いものと、年齢を重ねるほど理解が深まる体験がある。その人の興味・関心に合致したうえで体力的に無理のない行程など、安心して参加いただける旅を提案することも求められる。旅の体験はその人にとってかけがえのない貴重な想い出となる。私たちは「旅は心の財産」と表現している。
高齢化の進む日本ではクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)という言葉をよく目にする。生活の質とは即ち人生の質である。旅で得る体験は人生観を変えるほどの力がある。
歴史を顧みるとその時代に力のあった人々が社会をリードしてきた。平安時代は公家文化、鎌倉・室町は武家文化、江戸は町人文化といわれる。企業が経済を支えている現代は企業が文化を担うべき企業文化の時代なのであろう。コロナ禍を経て世界が大きく変わった。現代社会のために企業は何を提供できるのか。人にライフデザインが必要なように、企業にも社会の変化に対応するライフデザインが必要である。
柴崎聡●グローバルユースビューロー代表取締役社長。海外のネットワークから企画が実現した世界初の「ウィーン・フィルクルーズ」はクルーズ・オブ・ザ・イヤー受賞。シェフや音楽家が同行する旅などオリジナル企画を多数実施。カルチャー&ホスピタリティーを念頭に企画から添乗まで現場で陣頭指揮を執る。
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