日本企業の現場は強い

2024.04.08 08:00

 ホテルの新入社員としてハウスキーピング部門で実習していた時、客室アメニティーを使い切りのミニボトルから壁付けディスペンサーに翌年から変更すると会社が発表した。清掃担当のパートさんたちから「私ら、高級ホテルやいうから働いとるねん。シャンプーの詰め替えなんかウチでなんぼでもやっとる。あんた、早う偉くなって元に戻して」と愚痴を聞くことになった。ホテルから見れば委託先のそれもパート従業員から「この現場」への誇りを口々に聞かされたのだ。

 当時、彼女たちからはシャンプー・リンスのミニボトルの並べ方の角度が違うと何度も注意されたが、どう違うのか分からない程度の微妙な差。美学といえるほど現場のこだわりが強いのはホテルの他部門、またバス業界でも共通だ。

 半面、会社として明文化した業務マニュアルを作成しない傾向も共通している。それを経営者や本社部門は「現場重視」「君たちの職場だから君たちのやりやすいように…」と言う。

 この国の企業は、自発的に美学を追求する現場から給与の額以上の貢献を受けると同時に、現場もまた給与額以上の自尊心を得てきたことは、戦後の経済成長に有効だっただろう。

 だが今日では苦情やコンプライアンス違反を防ぐため、しぶしぶ業務マニュアルを作成することも多い。マニュアルとはいえ意味合いは「してはいけないことリスト」になってしまう。本来ならオペレーションを支援するべき本社部門だが、逆に管理する機能ばかり強くなっている。

 当然、現場は委縮する。品質標準化や苦情減少という成果もあるが、現場に受け身の姿勢がまん延しているという指摘が一般的だ。

 もっとも、仕事の流儀を実質的に自分たちで決めてきた現場だけに、「いけないことリスト」も「形だけ守ればいい」という感覚がどこかにある。本社部門もそのことについて知っており、つい現実離れしたマニュアルを作る。社会の変化により本当に対応が必要な項目でも、紙に書けば本社の役割完了とばかり実装(エグゼキューション)を現場に任せてしまう。現場依存は日本型組織の特徴といえるだろう。

 近年、一流企業で品質偽装など不正発覚が目立つ。バス業界でもシェアがトップクラスの車両メーカーで不正が発覚し、一部車種の出荷停止が続いている。現場の劣化を指摘する声もあるが、現場の感覚とすれば、自分たちは変わっておらず決めごとが書面上だけで増えており、その乖離が不正と呼ばれているという印象かもしれない。

 冒頭のホテルのアメニティー。当時、会社は異物混入をリスクとし不愛想な業務用ディスペンサーを導入したらしいが、その後、多くのホテルで見た目がおしゃれでコストも低い詰め替えボトルが定着した。現場はおのずと深掘りするものだが、経営者や本社機能は過度に現場に依存せず、「深掘り」よりも社会の変化や顧客のニーズを「広読み」する姿勢が必要だと学んだ。

成定竜一●高速バスマーケティング研究所代表。1972年生まれ。早稲田大学商学部卒。ロイヤルホテル、楽天バスサービス取締役などを経て、2011年に高速バスマーケティング研究所設立。バス事業者や関連サービスへのアドバイザリー業務に注力する。国交省バス事業のあり方検討会委員など歴任。

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