世界は誰かの仕事で…の実感
2024.04.08 00:00
私と同世代の知人・友人の中には、いわゆる非正規で生計を立てている者も多いが、皆それぞれ趣味を持ち、仕事のない日はアウトドアや旅行、芸術制作や音楽などにいそしんでいる。それがどうにもうらやましくもあったのだが、定職がある方が良い人生に違いないと自分に言い聞かせてきた。しかし、その価値観も少し古くなってきたようだ。
総務省が発表した労働力調査の詳細集計によると、非正規の職員・従業員数は22年平均で2124万人いるが、そのうち「自分の都合のよい時間に働きたい」との理由で非正規を選んでいる人が3人に1人で679万人と過去最多になった。25~34歳の若者に絞ってもほぼ同じ比率であり、家事・育児・介護等と両立しやすいからという理由も合わせると、ほぼ半数が自分自身の意思で非正規を選んでいるという結果だ。「正規の仕事がないから」という理由は10年前の3割台からいまでは1割台へと急減している。つまり、非正規は仕方なく割り振られるものではなく、自ら積極的に選ぶものだという価値観の変化が進んでいることが読み取れる。
もちろん、正規と非正規の雇用条件に不合理な差をつけないための法律が施行され、正規は終身雇用が約束されているわけでもなく、転勤などのデメリットもあったりすることで、非正規であることのマイナスが以前より薄れていることも理由だろう。しかし政治家の議論を聞くと、いまだに「非正規が存在するのは良くない。すべての人が正社員になれる社会こそが正しい」という論調が多い。ライフスタイルが変化し、非正規ならではの人生を望む人が増えているという現実は受け止めるべきだろう。
一方で日本の人不足はいよいよ深刻だ。とはいえ、すべての職種で均等に人が足りないわけではない。単純に言えば人気のない職種にまで労働力が回ってこなくなったということだ。一昔前までは「給料は安く通勤は遠い。キツいけどやりがいはあるから来てね」という職場でも回ってきていた人材が消えたのだ。ここに外国人労働力を充てようとしても、他国と比べ物価も賃金も安くなってしまった日本で、わざわざキツい職場を目指す人も多くは望めない。
そのような背景を考え、日本の若者に非正規の職場体験を積極的に提供するのはどうだろうか。例えば企業への就職を希望する人は、学校卒業後5年間で5種類以上の異なる産業分類の職種を体験することを入社条件とするというものだ。そうなればその間に自分の特性を見いだしたり、新しい夢が生まれたりすることもあるだろう。何より「世界は誰かの仕事でできている」ことを実感することはとても大切だ。
例えば、接客業と製造業の気配りの違いや、夜勤や早朝勤務や出張のハードさ、介護や農業の社会的な役割など学びを重ね、視野も格段に広がった若者が集まるはずだ。企業にとっても、社会経験を積んだ若者を採用できるメリットは大きい。長寿の世の中、定年制も事実上崩壊しているのだから、若いうちにその程度の余裕を与えても大きな問題はない。もちろんその5年間の賃金や社会保障を国が統一管理するようにすれば転職の煩わしさも和らぐだろう。
コンビニで店員のあいさつに応えず無言を貫いたり、レストランでごちそうさまが言えない社会人や、店員に横柄で命令口調だったりする客は多いが、彼らの弱点は社会経験が薄いまま自分以外の職業を想像できない大人になってしまったことではないか。柔軟な働き方が認められる世の中になったことで、どんな仕事にも敬意を示せる優しい未来社会を想像してみたのだ。
永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。
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