能動的観光者
2024.02.26 08:00
バーガーキングがXで「店舗物件探しに困っているので物件を紹介して」と呼びかけ、話題になっている。過去の投稿の中で最もバズった投稿になったそうだ。「バスる」とはSNSで多くの人々の注目を浴びることだが、この現象には一定の共通点が見られる。それは利用者の能動的な行為によって情報が拡散普及している点だ。消費者である個人を情報の受動態から能動態へ変えたのが、インターネットがもたらした変革の1つである。
観光でも同じような現象が起きている。一例が愛媛県JR予讃線の下灘駅。無人駅に多くの観光客がやって来る。7年前に実施したフィールド調査で面白い事実が分かった。まず観光客の約9割が鉄道ではなく車で来る。下灘駅は青春18きっぷのポスターによく出るので乗り鉄の聖地だと予想したが、そうではなかった。観光客にインタビューをするとジブリ映画「千と千尋の神隠し」のシーンが再現できる写真が撮れること、インスタ映えが期待できる美しい海岸と夕日を見ることが大部分の観光客の目的だった。情報入手媒体を問うと、ほぼすべてがインスタグラムなどのSNSだ。
さらに面白いのは、地域住民に下灘駅のことを聞くと「ただの無人駅なのにたくさんの人が来る理由が全く分からない」と答えること。すなわち、無人駅に観光的価値を見いだしたのは観光業者でも地域住民でもなく観光客なのだ。下灘駅は能動的観光客がSNSを通じて投稿やリポストすることで観光地化した。近年「聖地巡礼」と呼ばれるアニメの舞台を訪れる観光行動も、観光事業者が情報発信してつくられるというよりファンによる能動的活動として発掘普及している点に特徴がある。
インターネットや情報技術の発展が観光現象にどんな影響を与えたかを考えると3つに整理できる。第1に生産者と消費者が直接接続したこと。観光商品の流通を変え、仲介業である旅行業のビジネスモデルを一変させる一因となった。第2は能動的観光者の登場。能動的観光者とは観光業者や地域住民より早く自らニーズを満たそうと能動的に観光資源の発掘、編集、発信をする人。口コミのアルゴリズムによる共同格付けやインフルエンサーマーケティングは能動的観光者によって成立している。エイチ・アイ・エス(HIS)のタビジョでは能動的観光者であるアンバサダーを商品開発にも参画させ、ヒットが生まれている。
第3はマスツーリズムの主体変化。観光の大衆化を意味するマスツーリズムは00年頃まで旅行会社の団体旅行で生じる現象を指したが、近年はインターネットを介して情報を得た個人旅行者の集合体から生じる現象へ変質している。オーバーツーリズムは個人旅行者によるマスツーリズムから引き起こされることを理解しなければならない。
持続可能な観光マーケティングとはアクセルとブレーキを場面によって使いこなすことだ。商品開発やプロモーションなどアクセルだけでなく、制御するブレーキにも能動的観光者の活用が重要になる。DMOがSNSでリアルタイムの混雑状況発信を促す仕組みを構築したり、混雑で困っている時に近くの穴場スポットを募集するのもよいかもしれない。
鮫島卓●駒沢女子大学観光文化学類教授。立教大学大学院博士前期課程修了(観光学)。HIS、ハウステンボスなど実務経験を経て、駒沢女子大学観光文化学類准教授、同大教授。帝京大学経済学部兼任講師。ANA旅と学びの協議会アドバイザー。専門は観光経済学。DMO・企業との産学連携の地域振興にも取り組む。
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