NHKならではの価値

2022.12.05 08:00

 NHK受信料は宿泊業界にとって大きな関心事のひとつだ。割引はあるもののテレビを設置するすべての客室数に対して契約義務があるため、チェーンホテルでは年間の支払い額が数億円に上るなど経営上の影響も大きいからだ。自宅で受信料を支払っているのに外出先で宿泊料金に転嫁される形で支払うのは二重払いではないか、外国人にも負担させることになるのはおかしいのではなど、業界内での議論は尽きない。

 スクランブル方式にして見たい番組だけ課金すればよいという主張があるがこれも難しい。なぜなら、いまのNHKは国営放送ではなく、国民の総意で成り立っている公共放送だという前提があるからだ。国費を使わないことで放送内容が政権のプロパガンダにならないよう独立採算を貫くというのがその理念だからだ。

 さらにNHKには国民の教育や文化を維持するという目的もある。いまはNHKを不要と考える人たちも、幼少期や学生時代にはかなりの確率で頼っていたはず。老後に再度お世話になる人も多いだろう。そこで番組ごとに料金を設定し、例えば「おかあさんといっしょ」が月額1000円などとなれば教育に熱心でない家庭の子供は視聴することはできず、早晩国民の教育レベルが急低下することは必至だ。視聴者の限られる囲碁や園芸などの文化番組も淘汰されるだろう。

 オリンピックなど莫大な放映権料が必要なコンテンツもNHKが多くの部分を負担することで国民が全試合を見ることができている(見られる国は案外少ない)。受信料制度は町内会などと同じく、必要な人のために全員で維持する互助会制度でもある。

 ただし、その課金方法は問題だ。世帯に1契約という原則は一家にテレビが1台しかなかった時代の考え方であるため、現代ではさまざまな矛盾が発生している。自宅にテレビがなくてもカーナビやスマホで視聴可能なら契約が必要となるが現実的に捕捉は不可能だ。

 ネット配信するのだからスマホからも受信料を徴収すべきという議論も聞こえるがナンセンス。世帯1契約もおかしいが、受像機ごとの課金も個人ごとの課金もそれぞれ問題がある。となると、税金として集金するのが現実的だが、前述の独立性の担保という問題が出てくる。かくして見直し議論は袋小路に入っている。

 放送内容にも批判が多い。教養番組は民放では成し得ない価値が求められるが、歴史番組はしばしば検証不足や歴史観のずれが問題となるし、娯楽番組にも民放とは異なる切り口が必要となる。海外ドラマやスポーツ中継も不要論が強い。指摘される経営改革も進めなければならないだろう。これらを払拭するにはやはりNHKならではの価値を追求するしかない。

 一方でそういう議論をよそに世の中の変化は止まらない。家族だんらんの中心にテレビがない家庭が増えてきた。お茶の間という言葉も死語になりつつある。若者が一人暮らしを始める時、テレビは必要な家財道具ではない。ニュースはSNSやユーチューブ。ドラマが見たければネット配信。有料であってもいつでも好きなプログラムが視聴できるのだから、ますますテレビ放送の価値は下がっていく。

 そんななか、ネットフリックスが広告付きプログラム配信を開始すると発表した。要は地上波テレビのビジネスモデルだ。これが一般化すると広告主はターゲットの見えるネットをさらに重視するだろう。未来が見えないのはNHKだけではなく民放も同じ。10年後のテレビ業界はどうなっているだろう。テレビっ子世代としてはどうにか生き残ってほしいものだ。

永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。

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