反知性主義に宿る絶望
2022.11.28 08:00
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与党幹部の「義務教育は小学校までで十分。大人になって微分積分や因数分解なんか使わない」との発言が先頃SNSで話題になった。前政権では日本学術会議の会員任命に際し、理由を明らかにすることなく当時の政策に反対した研究者を拒否したこともあった。こうした反知性的な振る舞いを疑問視する声がある。振り返れば「選挙に関心のない有権者は寝ていればいい」という為政者もいた。権力者には市民が無知蒙昧でいることこそ都合がいいらしい。
ヒエラルキーの枠組みを狭めて、業界の企業内構造へ目を転じる。経営層は従業員の知の鍛錬にどれほど関心があるだろう。生涯学習、リカレント教育、そして最近ではリスキリングとして、さまざまなノウハウやスキルを習得し蓄積する必要性が叫ばれて久しい。しかし、それは業界の外側の世界に限った話題なのか。
企業が施す教育訓練に違和感を示す従業員は相当数存在する。特定の旅行会社従業員を対象とした当法人の昨年の調査で、「会社は従業員育成に力を入れている」との問いに63%が否定的な回答を寄せた。パンデミックによる経営不振で、企業が人材育成に関わる費用を削減したことによる影響は考えられる。ただ、例えばコロナ前の19年調査でも59%が同様に答えていたことからそれは限定的といえよう。
事業環境の考慮どころか、時代背景や社会情勢とは無縁ともいえる状況でわが道を行く従業員教育。別の旅行会社幹部へ管理職研修の現状を取材した折、外部への実質的な丸投げが歴史的に続いたことや受講者のガス抜きを含めたその場限りの満足感担保が優先される実情を聞いた。なぜ、教育はかくも重視されないのか。
折しも人材不足の時代だ。外部人材登用の目利き力と、現有人材の磨き方が問われる。そんななか、社員を思い通りに統制できなくなることを恐れて後者を軽視している……まさかそんなことはあるまい。ただ、そんな邪推さえしたくもなるようなありさまだ。
注意してほしい。これは人材基盤の構築に黄色信号が灯るだけで終わらない。従業員の人材育成に対する不満足は経営への不信を招く傾向にある。先述とは別の意識調査結果を基にした共同研究の成果として昨年の学会で発表した。
近年、コロナ禍で先行きを不安視して業界を離れる人たちは少なくない。いまの論は、彼らが不安を抱く前段階に、人への投資に対する経営の意思や企業の姿勢に失望していた可能性が示唆される。これまでのような問題先送りはいよいよ許されない。中長期スパンを経た後の業界や企業を真に案じ、なお一層の人材育成に取り組まれたい。その際、経営戦略や事業計画から一気通貫した、誰もが理解し納得可能な人材育成方針や教育プログラム構築は欠かせない。
知への接近と併せて、実務から学術への距離も縮めたい。難しい理論を唱えるばかりで学者は何ら実務へ貢献しないとのたまう実務者はなお存在する。文字通り知を見下す人物に限って知の蓄積たる学術機関を定年後の再就職先としか見ていない。アカデミックトレーニングに身を投じれば自らの能力不足に気づかされアップデートに励むことは日常化するがそれすら忌避する。彼らを他山の石として、不透明で混沌としたこの先をサバイブするために皆で学び続けたいものだ。
さて、冒頭の一節は2年以上前に高校生へ氏が話した内容をいまさら切り取ったもので、真意は個々の専門性追求を説くものだった。原典や一次情報にあたらず印象的なフレーズに左右されるのはリテラシーにもとる。会社にも情報にも身を任せて流されっぱなしで大丈夫か。
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神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。
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