自然災害時の判断
2022.10.10 08:00
大型台風が接近する中でこの原稿を書いている。スマホにも避難情報が届き、テレビでも注意喚起がふりがな付きの字幕や手話も交えて強い口調で流される。災害に対する意識や社会の備えが特に大きく変化してきていることを感じる。最も顕著な変化はJRや私鉄が事前に運休を宣言するようになったことかもしれない。
数年前までは早々に運休の判断をすることに反発もあっただろうが、いまではこのほうが自然に思える。ギリギリまで運行しようとすることで利用者が危険な時間帯に行動する動機を与えてしまうし、何より従事者の安全確保が最優先であるとする考えが浸透してきた表れだろう。
コンビニやファストフードなどが臨時休業や営業時間短縮を決断することも珍しくなくなってきた一方でまだ休業をためらう業種も多い。たとえば台湾では政府が公的機関や学校、企業の休業を決めるようだ。この仕組みには賛否あるようだが、指針が公表され、行政や自治体が率先して休業することは、判断に迷う事業者にとってはありがたいものかもしれない。
宿泊施設も毎回難しい判断を迫られる。大きな台風が近づくと、予約客のほとんどはキャンセル手続きをする。しかし、中には手続きを忘れたり、予約したこと自体を覚えていなかったりする予約者もいる。そうして残った数件の予約については旅行会社や本人に確認を取るのだが、全員に連絡がつくことはまれだ。連絡がついても「まだ決断できないので」「何があっても必ず行くので」予約を残しておいてくれという要望もそれなりにある。
そうなると困るのが当日の体制だ。来るかもしれない予約客がいる以上、簡単に休業を宣言するわけにもいかない。経験上「必ず行く」と回答のあった予約客も陸路が途絶されるような状況下ではほぼ来ないが、それでもわれわれは1組でも予約が残っている限り危険を承知で多くのスタッフを出勤させざるを得ない。
このケースは旅館業法上の「宿泊施設に余裕の無い場合」に該当するので休業しても法には触れないという解釈も近年示されたが、それでも連絡のつかなかった予約者がふらっと到着するケースもあるため、宿泊施設を休業することはなかなか難しい。それによる犠牲者も過去に何人もいることを忘れてはならない。
このようなケースもあった。台風や地震で大規模停電が発生した時、当然施設は使えず、従業員も揃わないため該当地域の宿泊施設は営業不能になった。しかし、その周知は難しく、顧客への連絡も事実上不可能だった。そんな中、避難者が続々とホテルに訪れてくるのだが休館であることを説明しても納得しない。「ではいまでも予約を受け付けているのはなぜだ」と。停電中でもOTAのキャンセルと新規予約が繰り返されていたのだ。旅行者がキャンセルし、発生した空室に近隣の避難希望者が予約を入れていた。そのような動きを管理者は確認できない。電子化も善しあしだ。
宿泊施設はなまじ公共施設に準ずるだけの設備を有しているように見えるだけに、行政や一般の方から避難所として注目されることも多いが、自然災害に対してはスタッフも素人で、地域の被災者の1人でもあるので、緊急時に対応できることとできないことを日頃から行政や地域住民としっかり話し合っておく必要もあるだろう。また、日頃外国語対応の向上に余念のないわれわれが災害時対応では急に余裕がなくなってしまうことも毎回指摘されている。現存するインバウンド用災害時ツールの検証と再整備もいまやっておくべきことの1つだろう。
永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。
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