<PR>訪日セカンドステージの観光人材育成

2022.03.21 00:00

久保田穣(日本観光振興協会理事長)
笠原清志(跡見学園女子大学学長)

跡見学園女子大学は東京都と連携して観光経営人材育成講座を開講した。コロナ禍後に訪れるインバウンドセカンドステージに対応できる人材育成を目指したプログラム。同講座を踏まえた観光経営人材育成の重要性について、日本観光振興協会の久保田穣理事長と跡見学園女子大学の笠原清志学長が対談した。

くぼた・みのる●東京大学経済学部を卒業し、1979年に日本国有鉄道(当時)に入社。東日本旅客鉄道(JR東日本)で事業創造本部部長、執行役員長野支社長などを歴任。2011年6月からJTB常務取締役に就任し地域交流ビジネスを担当。16年6月から日本観光振興協会副理事長、20年6月から現職。

笠原 今回の観光経営人材育成講座は大学が中心になって観光経営人材の育成を実施し、それを都が支援するという趣旨によるものですが、観光業は私が研究してきた製造業などに比べて、社内での人材育成や教育への取り組み・投資といった部分が弱い印象があります。観光業の現場ではコロナ禍で当面の対応に追われる苦しさも依然あるとは思いますが、こういう時こそ、中長期的な人材育成の理念を持つ、よい機会ではないでしょうか。また、これまでの経験では、私たち大学が持つアカデミックな知と企業が持つ現場の経験知といったものがミックスされた結果、そこに新しい知が創造されていくことが少なくありませんでした。ジェンダー、異文化理解、ハラール対応といった講座のテーマでは、当大学が研究者として持っている知と、今後のインバウンドのセカンドステージで日本の観光業が直面しなければいけない多様性への対応という課題とが、うまくミックスされていると考えています。

久保田 観光とはそもそも多様性をしっかり踏まえた対応が求められる産業であり分野です。宗教・文化・歴史などその背景や問題について、われわれが旅に行く先もそうですし来てもらう方にも同様ですが、それらについての基礎的な認識をしっかり持っておくことが、観光ビジネスのいかなる場面でも重要です。しかし日々の実務の中で、それらの根源にまで遡った教育をすることはなかなかできません。その意味でも、大学で持っているベーシックな知識から新たな多様性という今日の課題も含め、講座を通じて観光業界にしっかり根付かせていく取り組みが求められています。

笠原 相手が富裕層であれば、ハラール対応でもそれぞれへの個別対応も可能でしょうが、インバウンドのセカンドステージでは、そうではない方もたくさん来られることが前提です。その時にどういった対応ができるのかが一番難しい問題。日本の社会ではこれまで、多様性に対する経験が多くはなかったこともありますが、新たにマニュアルを作ればいいということではありません。仮にマニュアルがあっても常に柔軟な個別対応が必要となり、それに対する知識がないと現場が混乱してしまいます。

久保田 そのためにはベーシックな知識などが求められます。また以前、インバウンドが急激に増加していた時には、その多くを中国人需要が支えていたこともあって、観光業界も行政も中国人対応一辺倒のような雰囲気がありました。セカンドステージでは特定の市場に依存せず、より広く多様な方たちにも来ていただけるよう、教育や取り組みをいまの時期にしっかりとやっておかなければいけない。

笠原 観光経営人材を育てようとした時の課題の1つは、大学には関連する学問分野のオーソリティーが多数いて、産業界には実務に長けた人もたくさんいるのですが、これを真ん中でうまく結び付ける人や組織がないということです。これがないと、セミナー等で素晴らしい先生を講師としてお呼びしても、「良い講座でしたね」で終わってしまい、受講者の心には何も響かなかったというようなことの繰り返しになりがちです。米国では社会人がビジネスの世界とアカデミックな世界を行き来することはごく普通ですが、日本はそうでなかった。人材育成でも、旅館の女将のマナー講座などが中心だったりしました。しかしこれからは、大学のアカデミックな知と産業界の経験知のようなものをうまくコーディネートして結び付け、それがクロスした化学反応で新しい知を生み出せるようにすることが大切です。

かさはら・きよし●慶應義塾大学社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。ユーゴスラビアのベオグラード大学への留学などを経て1986年から立教大学社会学部助教授、91年に教授に就任。2013年から跡見学園女子大学マネジメント学部教授、18年から学長。立教大学名誉教授も務める。専門は経営組織論、人事管理論。

久保田 例えば経営学であれば何冊もの教科書があるなど、一応、知の体系のようなものができています。そういった企業経営とは異なる地域経営において、観光でいま一番求められているのは地域マネジメントですが、そのあたりについての知の体系というのはまだ整っていません。地域経営ではさまざまな事業者や行政が関係しているわけですが、そのトータルで地域の魅力を上げて経済効果も生み出していくといったようなマネジメントの理論等が少し体系化されるとありがたい。

笠原 こういった人材育成講座で大切なことは、議論がどんどん拡散してしまうような建前論やあるべき論ではなく、より具体的な各論で行うということです。東京都の観光経営人材育成事業では複数の大学がそれぞれの個性や問題意識に基づいて参加し各論を展開して、アカデミックな知と現場の知をクロスさせようと取り組んでいます。そのなかで当大学は女子大として初めての講座開催となりましたが、テーマの設定や授業の内容等に、女性のキャリアデザインなどの科目を多く設ける当大学ならではの、「女性としての」「女性に対しての」視点を取り入れていることが大きな特色です。すでに21年度は終了しましたが、22年度も引き続きテーマは継続しながら、アプローチを変えたり新たな講師を迎えたりして議論を深めていきますので、ぜひご期待ください。

久保田 講座では私も基調講演を行いましたが、その中で一番強調したのは、何のために観光をやるのかということです。それはやはり「自らの地域、自らの働く場所を豊かにしていく」ということだと思います。その経営を支える人材育成に向けた今回の講座は極めて有意義なものです。また、観光業は製造業などに比べて各種データ類の蓄積等も不足していますので、当協会でも地域の観光消費額や経済効果などのデータ分析等に取り組んで地域の観光戦略などに貢献できればと考えています。

コロナ禍での観光の未来を考える--観光経営人材育成講座を開講

 跡見学園女子大学の観光経営人材育成講座は12月~3月の10日間、オンラインで開催した。コロナ後の新たな旅のスタイルに適応した観光経営を見据え、来るべきインバウンドツーリズムのセカンドステージに対応できる人材育成を目指すプログラム。インバウンド再開に向けた課題を押さえたうえで、ジェンダーや異文化理解、ハラール対応などについて学んだ。

 講師は、観光庁の片山敏宏観光戦略課長のほか、日本観光振興協会の久保田穣理事長、日本航空地域事業本部の高橋秀次部長、立命館大学食マネジメント学部の阿良田麻里子教授など多彩な顔ぶれが務めた。当初の募集人員を大きく上回る200人を超す参加申し込みがあり、22年度も同テーマに基づき開催を予定している。

跡見学園女子大学観光コミュニティ学部
 社会学、文化人類学、観光学、経営、都市計画などの観点から、人と観光、人とコミュニティについて学んでいる。観光デザイン学科は観光で地域を元気にできる人材を、コミュニティデザイン学科は多様な人が心地よく暮らせる社会や地域などをデザインできる人材を育成する。

跡見学園女子大学 文京キャンパス 〒112-8687 東京都文京区大塚1-5-2 TEL:03-3941-7420 URL:http://www.atomi.ac.jp/univ/

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