まなざしが見据える距離
2021.09.06 08:00
インターネットを通じて短期・単発の仕事を受発注する事業形態「ギグエコノミー」。ギグワーカーにとっては労働機会や副収入の増加が可能となるメリットがある一方、報酬の不安定さや業務中の災害に対する補償の手薄さが問題視されている。他方、発注側として自らの経験を顧みると、優れたインターフェイスや多様なコンテンツとの出合いにより高い満足を得られることが多く、接触頻度は急激に増している。
業務ではクラウドワークス、私用ではウーバーイーツを利用することが多い。前者は特に取材内容の文字起こしを頻繁に発注している。正確性が高く機動性に富む特定のワーカーを指名買いするようになった。後者は在宅勤務中の1人でのランチの時や、家人ともども遅い帰宅となり簡単に夕食を済ませたい折にとても重宝している。
経済産業省は昨年1年間におけるフードデリバリーの電子商取引市場規模を3487億円と推計した。新たな調査のため伸び率の把握は困難だが、同省は「街中で配達員の姿を当たり前のように見かけるようになっており、そのことからもフードデリバリーの定着化を肌で感じることができる」と結ぶ。
それはやはり、コロナ禍の影響が大きいだろう。利便性に加え店の感染対策状況や周囲の客の動向を憂慮する必要がないのは利用者にありがたい。ただ、手数料やサービス料を含めたグロスが並ぶ利用履歴を眺めると、毎日の発注は躊躇せざるを得ない。そのため筆者はテイクアウトの利用が増えた。街中の飲食店でも対応する店舗が増え、フードデリバリーの配達員と同じ列で注文品を受け取ることも少なくない。
過日、受け取り用カウンターを目指すと、列の先頭にいる配達員が飲食店の責任者と口論していた。店内客への調理が相次ぎ商品の引き渡しが遅れていたようだが、その不満を口にした配達員に対する店側の言動が大層ひどいものだった。店内客に急かされることでたまった鬱憤(うっぷん)を弱い立場の方へ向ける、実にイヤな構図だ。
一方、別の店ではタスクの理解が不十分な新米配達員へ店員が笑顔で丁寧に対応する状況に接した。配達員をののしった店長は、その配達員が店の顧客になる可能性を考えていなかったのだろう。業務以外での配達員の再訪はまずありえない。配達員に優しいお店の方は、配達員自身が再訪する可能性が増すのに加え、様子を眺めていた客のファン化が進むのではないかと感じた。ちなみに筆者は先の賑やかな店をその後利用していない。
目の前にいる人物の現在の立場や役割にのみ焦点を当てることで将来の顧客を失う可能性。これは企業の採用現場にも存在する。小売りを営む知人の企業は面接で来社した学生へ割引券を配布していると聞く。縁のなかった学生は当該企業の店舗に足が遠のきがちだ。自社へせっかく関心を寄せてくれたのだから、お客さまとして今後は利用してほしいという。
コロナ禍以前は就職人気ランキングの常連だった旅行・観光業。だが、長年にわたる多くの学生たちが抱えた心理的抵抗への緩和策が至らず、その蓄積が企業と社会との距離を広げたとも考えられる。コロナ前、街中であらゆるビジネスパーソンを相手に名刺交換し続ける新入社員に出くわした経験はないだろうか。度胸試しの訓練の裏返しに、平気で他人の時間を奪う愚かな企業だと笑顔で宣伝させていることに気づいていない。相手へのまなざしの先の距離感自体はどちらも似たようなものではないか。せっかくの関心を、無関心や敵視する方向にへし折ったまま放置し続けるのでは近視眼が過ぎる。
神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。
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