LGBTとトイレの問題
2021.08.09 08:00
20年前に取得した旅館で最初に手掛けた改装はトイレだった。バリアフリートイレを新設し、既存の便器を洋式化しようとしたところで営業担当から「和式トイレを残してもらえないと高齢の利用客からクレームが入る」と待ったがかかった。やむなく残したのだが20年後のいま、和式トイレの利用率はほぼゼロだ。時代の変化は一見緩やかなようでも、動き始めると一気に進むものらしい。
今後のトイレ改装にまた悩ましい要素が増えた。LGBT対応である。6月、米連邦最高裁判所がバージニア州の教育委員会に対し、高校がトランスジェンダーの学生に自身が認識する性別のトイレを使わせなかったのは違法とした高裁判決を支持した。これまで米国各州ではトイレに対する訴訟や新法施行が相次いでおり、「出生証明書と同一の性別」のトイレの使用を求める法案が差別的だと問題になったり、共有スペースのないトイレに男女別を表示することは禁止となったりと、社会におけるLGBT問題のわかりやすい争点となっている。
ちなみに上記の裁判のポイントが、本人が「性別を特定しないトイレを使用することを拒否」したことを認めた点にも注目するべきだ。「だれでもトイレ」を設置しただけでは問題が解決しないことを意味しているからだ。
日本にもこの波は早かれ遅かれやってくるだろう。その時に真っ先に対応を迫られるのはトイレよりもむしろ旅館や入浴施設の大浴場であるはずだ。いまでものぞき犯罪時に「心は女性だから無罪だ」などと抗弁する事案がニュースになっているのだから、解禁された場合の利用者の不安と混乱は容易に想像がつく。
とはいえ、過度に怖がる必要もないのかもしれない。ルールは施設側ではなく、利用者によって作られるものでもあるからだ。
例えば10年ほど前、施設内の喫煙に対して受動喫煙問題とその対策として喫煙者の排除が取り沙汰されていたが、世の中はそれほど積極的ではなかった。むしろ宴席では利用者の大多数が非喫煙者であっても、場の雰囲気や利便性から喫煙を求める声が大きかったくらいだ。その時点では分煙化は進まず、改正健康増進法に対して施設も利用者も及び腰であったが、時代の変化とともに分煙や建物内禁煙に対してほとんどの喫煙者が理解を示すまでにそれほど長い時間はかからなかった。
以前、ニュージーランドのマオリ族の女性が顔のタトゥーを理由に温泉の利用を拒否されたことが問題になった時、政府側は「入れ墨だけを理由に公衆浴場の利用を制限されない」と断言したが、いまでも多くの浴場はタトゥーを禁止したままであるし、営業者の判断で入浴を拒むことも禁止されていない。こちらはまだ、利用者の理解が醸成されていない例となるだろう。タトゥーを単にファッションとして捉える人も多くなったが、反社会的な属性の人が威圧感を与えるためにタトゥーを利用するケースがまだ残っているのも事実だ。利用者の大多数がファッションだと捉えられるようになった時、タトゥー解禁も一気に進むのだろう。
いまはまだ、「心が女性のおじさん」が女子浴場に入ることに対して反発の方が大きいことは間違いないし、施設がそのような利用客を排除する理屈も大多数に支持されるだろう。しかし今後、もし世論が一気に容認側に振れた時、入浴施設はどのような対応を取るのだろうか。5年後になるか、50年後になるかもしれない。本稿が未来の人たちの目に触れた時、彼らは、いや“その人たち”はどのように感じるだろうか。
永山久徳●下電ホテルグループ代表。岡山県倉敷市出身。筑波大学大学院修了。SNSを介した業界情報の発信に注力する。日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長を務める。元全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会青年部長。
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