転回と分断
2021.08.02 08:00
喫煙率が下がらないのは社会格差が広がっているから――。そんな論考を公衆衛生学のジャーナルで目にした。喫煙率が社会経済的な要因と強く関連していることは世界共通の認識とあり、職業階層が低い、教育歴が短い、収入が少ない人は喫煙率が高い傾向だという。
前置きを補筆しておく。日本人全体の喫煙率は低下傾向にあるものの、喫煙率の社会格差は縮小しておらずむしろ拡大していることが調査によって明らかにされ、とりわけ25~34歳の若い世代でより大きな格差のあることが示された。つまり社会格差が喫煙者を招き、やがて健康格差の拡大へとつながるというのだ。格差がまた別の格差を生み出すという現実。所得、地域、ジェンダー、情報……。社会の分断に横たわる格差は、さまざまな分野で昨今より鮮明になりつつある印象はぬぐえない。
そんななか、コロナ禍が日常化するにつれ政治の世界に対する国民からの見え方はそれまでとは異なってきている。安倍一強時代の施政に異を唱えれば「こんな人たち」と峻別され、反日のレッテルを貼られた揚げ句変わり者扱いされていたが、ハッシュタグ「自公以外」がトレンド入りするほど趣が変わった。契機は4回目となる東京都を対象とする緊急事態宣言だろう。本稿はその対象期間初日に執筆している。発出基準や根拠がこれまでと異なり、宣言に伴う自治体による休業要請対象業種はそれまでより限定的だ。しかし飲食業は相変わらずやり玉に挙げられ、遊技業や観光業から受け継いだ批判の狙い撃ちは続く。
そこへ国務大臣が必死に耐える立場の国民を恫喝、愚弄したり、別の大臣は大学教授のツイートに「知の崩壊」と批判し皮肉や嫌みを述べたりするものだから、「緊急」なるメッセージが社会へ浸透するはずもない。彼らの世界の転回に合わせサイレントマジョリティーがここへ来て自ら谷を掘り始めた。
振り返れば、転回はさまざまなところでみられた。東京2020は復興五輪と銘打って招致を始めてからコロナに打ち勝った証と転じ、コロナと闘う五輪へとあらゆる矛盾を抱えながら二転三転。令和おじさんはパンケーキ好きをアピールするも、「ガースーです」でみそを付け、「ぼっち」「器に非ず」と揶揄され内閣支持率とパラレルに転げ落ちていく一方だ。
そのような国が言っていることや宣言を出しているから/出していないから、という「誰かが言ったから論」ばかりを企業は前提として動いていたが、楽ではあるものの思考停止状態だったのではないか。もとよりいつまでたっても出社人数抑制に動かない企業は、社員や取引先を守る意思があるのだろうか。緊急事態宣言の発出有無が企業のテレワークのスイッチのオン・オフとなる場合が多かったようだが、回を重ね冷静に考えると筋が違うことに気づけたはずだ。
宣言発出中は感染者数が減少傾向にあり、解除中は増加傾向に転じた。いま「ヤバい」のか、高齢の家族と同居する従業員や持病がある社員をどう働かせるのか、そうした個別判断がどれほどなされていただろう。ワクチンの職域接種ひとつとっても、顧客や事業パートナーと対面でのコミュニケーションが求められるスタッフより、オリ・パラ関連業務従事者への接種を優先した企業の論理は理解に苦しむ。あらゆる主体が一体何を恐れているのか、よくわからなくなってきた。
冒頭のタバコの話題。職場におけるタバコ休憩取得者への不満はいまもよく聞くが、筆者の経験上さぼり魔か厄介者がターゲティングされやすい。メッセージは中身もさることながら誰が発信するか、それが大きく左右するものだ。
神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。
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