言葉の力

2021.07.26 08:00

 「有言不実行」を旨として生きている知人がいる。はっきりいえばその考えには私としては賛成しかねる。「有言実行」こそが美しい。言葉、その意味と意義は何であろうか。私の母は文学者を自称しており、「言葉は人を動かす」と幼少から叩き込まれた。そんなものかなと半信半疑に思っていた。そこで言葉に生きた3人の人生から、人が生きる意味を探ってみたい。太宰治、三島由紀夫、そして福沢諭吉の3人は私にとって師ともいえる存在でもある。

 太宰治。言わずと知れた昭和を代表する文豪だ。中学時代にのめりこんだ。代表作「人間失格」は10代の頃、むさぼるように読んだ。社会人になりたての頃、買ったばかりの新車で彼の生家を訪ねて津軽まで行った。これほど人間の内面を赤裸々に他人に暴露する人がいたかと驚愕するしかなかった。ある意味、彼を手本に生きていきたい。多感な青春時代、そう思ったことをいまも昨日のことのように覚えている。良くも悪くもそのように生きてきたが、そのことで後悔したことは1度もない。正直に素直に生きる。それは太宰から教わった。

 三島由紀夫のすごさは母から教わった。もともと病弱だった彼が文武両道、精神も肉体も鍛えに鍛え抜き、思想に生き、言葉の力を考え、信じた。生きる意味を考え抜き、あるべき日本国民の姿を最後は自決という極端ともいえる方法で当時の世に訴求した。逆の思想を持つ当時の東大全共闘の学生を相手に堂々と1人で論客として向き合い、言葉の力を試したのはいまでも伝説だ。私とは対極にいる人だが、ある意味、畏敬の念を持っている。

 福澤諭吉。浪人時代、ふと手にした「福翁自伝」。これが自分の運命を変える1冊になった。強い信念を持つ福澤先生はどんなに楽をして儲けられる話があろうが、そんなくだらないものには見向きもせずに、ただひたすら学問の力を信じて門下生の教育に人生を賭けた。国民一人一人の底力を向上させることこそ真の国力である。この信念に基づいて、ついに学校まで創立した。彼の弟子になる。これが10代の私の人生最初の具体的な目標となった。国立大学こそ偉い--。そんな風潮があった当時(いまでもそうかもしれないが)、自分の信じる道を選んだこと、そしていまでもそれは正解だったと思えるのも福澤先生のおかげである。

 たかが言葉、されど言葉。言葉と行動。私は言葉より行動が好きだった。母に教わった言葉の力というものは若い頃はある意味こばかにしていた。そんな記憶すらある。が、このごろ、言葉以外に人を動かせる力が一体あるのだろうかと思うようになった。連載を引き受けているのも言葉の可能性を知りたいためともいえる。

 考えているだけでは何も起こらない。そこで言葉と行動が必要になる。言葉が大事なのは人間は1人では生きていけない動物だからではないだろうか。1人でいいなら行動だけでよい。そうでないから言葉がいる。そして、言葉は思想を伝達し、相手に喜怒哀楽を生み出させ、場合によっては行動にまで影響を与える。私が3人の偉人から影響を受けて、人生において常に大きな決断を実行できたのも、言葉によってもたらされていたのだ。

 まさに言葉は生きものであった。そして言葉を大事にしたこれら3人の偉人は、行動も実践し、その劇的な生涯を終えている。やはり、「有言実行」は正しかったのだと思う。知人がこのことに気づく日は来るのだろうか。夕暮れ時の野鳥のさえずりを聞きながら、ふとそんなことを思うのであった。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。

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