伝える、伝わる
2021.04.05 08:00

多くの会社が新たな事業年度を迎える4月。しかしながら、気分一新での幕開けとはならず、まだまだ耐え忍ぶことを余儀なくされる企業は多い。新年度の事業計画にとどまらず中期経営計画の見直しを迫られる状況は、08年のリーマンショック時以来の多さとみられる。先頃の報道によれば、20年度において中期経営計画を変更あるいは取り下げた上場企業が、前年に比べて7割増えたそうだ。言うまでもなく、コロナ禍で事業環境が急変し将来の収益計画が立てづらくなっていることに起因する。
旅行各社における売上高等の数値目標に対する達成率は極めて低調で、大変厳しい状況にある。さまざまな経費対策や一時帰休の実施、公的助成金の獲得をはじめとした対策を施しながら、いずれも必死に生き残りを図っている。ただし、いつまでもディフェンス一辺倒でいられるほど甘いはずがない。これまで全く経験したことがない周辺環境の変化のもと、顧客へどのようなサービスを提案し価値共創を図ることができるか。そのことがポストコロナの命運を左右する。
ウェブサイトに掲載されるそれぞれの計画を経年的に概観すると、一定の変化が見て取れた。これまでに示されていた「ならではの価値」や「こだわり」に表象される「価値は生産されるもの」という思想より、「お客さまの実感価値向上」や「付加価値を追い求め、お客さまに提案」とする「価値は共に創られるもの」という考え方が少し前に出てきた印象だ。自分たちに都合のよいマーケティング戦略から、顧客視点を重視し、顧客購買行動をより意識したものへと軸が移りつつあるといえよう。サービス・ドミナント・ロジックへの転換を示す手がかりとして、受け取っておきたい。
なお、本当に必要な観点は、顧客に寄り添うことではなく顧客からいかにして認めてもらえるかということにある。あらゆる業種で標榜されている「顧客への寄り添い」とは、ある種シンドロームのようなものだ。ともすれば、そう言ってさえおけばよいのだろうという思考停止状態にあることを吐露していることと同義であり、エクスキューズのようにも捉えられる。ブランドアイデンティティーが崩壊している状況では、価値共創など実践できるはずもない。
インターナル、エクスターナルを問わず、イイタイコトは適切な言葉を用いたうえでコミュニケーションすることが求められる。そうしたモノゴトを言葉で表現する、伝えるという作業については、その能力がより試される時代に入ってきているように感じる。それはズームやチームスを用いたオンライン会議であったり、クラブハウスやツイッター・スペースのような音声版SNSであったりが市場を席巻し一般化しつつあることによる。物理的なオフィス空間で使えたような、雰囲気やなんとなくでは仕事をするなんてことはもうできない。教養や知識の獲得にどれだけ真剣に取り組んできたかという経験が、あらゆる場面でそれぞれの発信者の表現の中で具現化する。
水の深さを知られたくなければ水を濁らせるのが一番簡単、と言った人がいる。思想の浅さを知られたくなければ、陳腐なことでも難解な表現を多用して高尚に見せることはできる。だが、褒められたものではない。他方、わかりやすさを重視した表現では、必ずどこかを端折る必要があることから正確には伝わらない。理解できないといって嫌悪する門外漢へ順応する必要はないのだ。理性は情念の奴隷である、とヒュームは論じた。論理は感情が求めるものに到達するのを助ける。共創や共感という概念を大事にするうえで心に留めておきたい。

神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て現職。日本国際観光学会理事。北海道大学大学院博士後期課程。近著に『ケースで読み解くデジタル変革時代のツーリズム』(共著、ミネルヴァ書房)。
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