置かれた場所で花咲かじ
2020.11.30 08:00
移動の概念がここ数年ですっかり変わった。一昨年頃からの話題でいえば、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)。本格的な実用化に向けた実証実験などの諸施策が、いよいよ追い上げの時期を迎えつつある。そして今年はパンデミック。新型コロナの流行は、海外渡航どころか近所への外出さえも阻んだ。
「移動距離と人の成長速度は比例する」とは、以前よく聞いたものだ。成功者の代名詞とされる実業家は、ホテル暮らしをしながら毎日のように飛行機に乗って動き回っていた。海外在住の著名な日本人アーティストも本業の音楽活動に社会貢献活動にと、とにかく各国を飛び回っていたように記憶している。
それ以前の日本では、ひとつの場所に長く居続けることが美徳とされていた。学校でも会社でも、それに居住地にしても。とどまった期間の長さが信頼となり、いわば忠誠心の証明代わりとして扱われていた。「継続は力なり」。昭和の人間に色濃く見られた風潮といえるだろう。古い企業であれば、転職を重ねる中途採用者をネガティブに捉える向きはいまなお残るほどだ。
それから、そんな価値観は否定される時代を迎えた。住む場所をどんどん変える人が出てきたし、従事先や働く環境を変えることは一般的になった。企業の会議、セミナーや勉強会をあえて地方で開催するオフサイトミーティングも流行した。思えばこの潮流はツーリズム産業に相性がよかった。遠くで開くイベントのほうが得られるものが多いとか、ずっとオフィスにとどまっても思考が固まって行動力も落ちていくとか、セールストークに花が咲く。
しかしながら件のコロナ禍である。何の躊躇もなくこれまで通りのような物理的移動を実行することは困難になった。そうなると、先のセールストークを裏返した、とどまることが引き起こす悪影響を懸念せざるを得ない。化石のように硬直化してしまえば、もう自分で動こうにも動けない状態に陥りかねない。移動の果てにたどり着いた最適の地に根付くことは評価できたとしても、惰性でステイし続けなければならないとしたら人生という限られた時間の使い方としてもったいない。
そこで理解しておかねばならないのは情報の移動だろう。プロフェッショナルサービスにおいて、物理的な接触や身体性が求められるもの以外がオンラインに置き換わりつつあることは自明の理だ。社会生活の変化を意識するとき、暗黙知を形式知化することによる能力の棚卸しを経た、自身の価値をセルフプロデュースし発信する能力が求められるのではないか。情報を旅させることでどのように成長できるかを考えるべきだろう。
「置かれた場所で咲きなさい」というのではダメだ。非物理的な移動によって、自分の輝ける場所を探したほうが人生はもっと豊かになれると思う。全然「移動」したことがないにもかかわらず、ここが自分の咲ける場所だと思ってしまうと視野が狭いままの人生になる。もっと面白い場所や面白い文化はたくさんあるし、もっと自分が輝ける場所があるにもかかわらず。
何もしていない人は取り残されていることにそろそろ気が付いたほうがよい。現状維持は同時にリスクを負っているということを。不確実を避けた楽観的な保守思想がかえって将来につけを回すということを。振り返れば今春からの半年間に何をしてきたかがものをいうのではないか。緊急事態宣言以降、GoTo開始前というタイミングで、精神的にもとどまり続けて根が生え始めた自覚のある読者諸兄姉は、新しい環境においても生存し続けられる自身の市場価値にいまからでも磨きをかけられることを勧めたい。
神田達哉●サービス連合情報総研業務執行理事・事務局長。同志社大学卒業後、旅行会社で法人営業や企画・販売促進業務に従事。企業内労組専従役員を経て、ツーリズム関連産業別労組の役員に選出。18年1月から現職。日本国際観光学会第28期理事。
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