新しいエンジン=価値
2020.09.28 08:00

テスラという米国の新興自動車メーカーがある。欧米ではその人気は非常に高く、新車の納車も数カ月待ちで、中古車市場が逆に新車より高値となる逆転現象も起こっている。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことだ。
さらに株式市場に目を向けると、一時日本の全メーカーを合わせた時価総額をテスラ1社で抜いてしまうというとんでもない事態にまでなった。とても信じられないというのが正直な感想だが、その裏にある事実に目を向けると、われわれが学ぶべきことも多くみえてくる。
まず、世界の自動車メーカーは大いに油断していた。それは参入障壁が高く、簡単によそものが入ってこれない業界だというおごりがあったためだ。その油断の1つがエンジンである。エンジンは内燃機関といって、燃料を爆発させその力をピストンを通して動力に変換する。非常に精密かつ簡単にマネができないもので各社差別化の大きな源でもあった。その差別化の要のエンジンが、電気自動車のモーター+ソフトウエアという黒船に、その座を奪われつつあるのだ。環境にいいだけでなく、そういう選択の見栄えの良さ、実際の期待以上の性能なども大きな勝因だ。
テスラが量産化に苦しんでいるという報道がつい数年前まで続き、いよいよ会社としてのるかそるかという段階をさまよっていたころ、代表のイーロン・マスク氏はあらゆる手立てを講じて、必ず生産を安定化させると約束した。そして、事実その軌道に乗せてきたのが20年だ。
折しもコロナ禍で世界中の自動車メーカーがあえぐなかで、同社だけは年初来、投資家からの評価、つまり株価がとんでもなく上がり続けている。マーケットは同社の近未来に非常に期待しているという事実が、市況の評価からみてとれるのである。
では、旅行業におけるエンジンとは何だろう。それは旅行商材をつくるという企画力だったのだろうと考える。ネットがなかった時代は情報の非対称性(一部に偏ること)により、ユーザーに真の情報がなかなか伝わりにくく、商売がしやすかった。それがいまではほとんどの情報が誰でも瞬時にわかってしまうので、付加価値をどこでつけるかが難しい。安売り競争に走れば業界全体がそれこそエンタメ業界のチケット販売のごとく、薄利多売による衰退への一途となろう。
テスラという企業が世に問うたのは、自動車はハードのように見えてソフトだとユーザー目線を変えてしまったことにある。その1番の例がダッシュボードである。テスラのダッシュボードはほぼパソコン画面そのものだ。ソフトウエアなのでシステムの改善がネットを通じて常時行われ、アップグレードなど、どんどん便利になる。つまり、IoTそのものを、もっとも身近な日々の道具である自分の車で体感できる。販売後は車が壊れた時しかユーザーとコミュニケーションがとれなかった従来のメーカーにとっては、とんでもない倍返しだ。
テスラもここまで来るのに10年以上の年月をかけている。一朝一夕にドリームカンパニーにのし上がったのではない。倒産の危機も何度もあったはずだ。それを乗り越え、世界中から期待され、注文しても納車を待たされるほどの人気ブランドになれたのはなぜか。それは1に電気自動車でトップに立つという高い志、2にどんな逆境下でも手段を尽くして約束を果たそうとする揺るぎなきトップの覚悟。そしてそれらを見守ったステークホルダーとユーザーが、同社をここまでの世界企業にしたのだ。負けている場合ではない。旅行業界にとっての未来のエンジンは何とすべきか、勝負の分かれ目だ。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。
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