インバウンドのキーパーソンが語る-99.9%からの逆転シナリオ

2020.09.07 00:00

コロナ禍によるインバウンドビジネスの危機をどう乗り越えるか。復活に向けたアプローチを探るオンラインイベント「日本インバウンドサミット2020」(主催MATCHA)が7月23日に開かれた。オンライン参加者が3000人を超えた同サミットから、パネルディスカッションの模様を採録する。

モデレーター
青木優氏 MATCHA代表取締役

パネリスト
星野佳路氏 星野リゾート代表
山田桂一郎氏 観光カリスマ/JTIC.SWISS代表
加藤史子氏 WAmazing代表取締役社長
大西洋氏 羽田未来総合研究所代表取締役社長/日本空港ビルデング取締役副社長

青木 インバウンド観光の今後の動向予測について伺いたい。

加藤 人々の「旅行をしたい欲求」は変わらないと思う。しかし、旅行は不要不急の営みなので、豊かな国でなければ海外旅行需要が生まれない。距離が近いほど旅行者が訪れやすい傾向がある。つまり欧米諸国は豊かで海外旅行需要も旺盛だが、日本を訪れるには距離が遠い。一方で中国、香港、台湾は豊かになりつつあるうえに距離が近く訪日旅行者が増加傾向だ。コロナ禍で一時的に中国・香港・台湾からの需要が落ち込んでもこの構造は変わらないだろう。アジアには人口が多く今後経済発展が見込める国が多い。これらの国々から一番近い人気デスティネーションが日本で、将来的な訪日旅行者の成長が期待できる。

大西 羽田空港では連休の初日は久しぶりに国内線にはお客さまが多数いらっしゃった。しかし、国際線の路線運航状況は来春も変わらず、完全回復には2~3年かかるとの見通しもある。1年後でも3~5割戻る程度かもしれない。これまでのインバウンド市場はアジア中心だったが、今後旅客数が減るという前提で、将来的には日本のライフスタイルの魅力を本当にわかってくれる欧米からの旅行者が増えるような施策が必要である。そのためには、欧米の方たちの生活の中に受け入れられる商材をプレゼンテーションすることが必要である。

山田 いつ、どの国から訪日外国人旅行者が戻り始めるかは誰にもわからない。現時点では渡航解禁となった国から来日し始めるとしかいえない。大切なのは誰が来てくれるのかという受け身の態勢ではなく、来てほしい旅行者は誰なのかを見極め、能動的に動く準備をすることだ。新しいやり方、新しい社会に適応していこうという時に集客数だけコロナ禍以前に戻っても困る。ターゲットセグメントのあり方を考えるべきだ。国・地域別も重要でなくす必要はないが、どの国・地域からの旅行者であるかにかかわらず、日本の自然が好きとか、その中でアクティビティーを楽しみたいとか、旅先における目的でセグメントすることもできる。日本の何に価値を求めている人なのか、tribe(種族)別というセグメントの仕方も考えていくべきだ。旅に出る理由や目的、価値から各地がポジションを取ることが重要だ。

星野 人口の多いアジアから、近場の日本へ来てもらう、というインバウンドの構成は将来的にも変わらない。しかし、われわれが市場調査すると「本当はパリやローマに行きたかったが今回は近場の東京へ行く」といった需要が多い。アジアの人々は日本人と同じように西洋への憧れがある。日本がイメージでリードできなければ、いずれアジアの旅行者は離れていく。彼らは欧米人が憧れるものが何なのかをよく見ており、影響を受ける。つまりアジアの旅行者を取り込むためにも、欧米からの旅行者に憧れられるような目的地でなければならない。イメージターゲットは欧米、ボリュームターゲットはアジアということだ。

市場復活へのアプローチ

青木 具体的にどういったイメージを強化していけばいいのか。

星野 日本は文化観光のレベルは高い。が、自然観光には力を注ぎきれていない。観光に強い国というのは、例えばスイスにしても自然観光が強みだ。自然観光をいま強化しておくことが大切。エコロジー、エコツーリズム、そして日本の冬、雪、34カ所の国立公園もある。苦手な自然観光を強化すれば、旅行者のリピート理由につながるだろう。何度も来てもらうには自然観光の強化が欠かせない。

加藤 これからのインバウンドを考えるとリピーターは重要。外国人旅行者が1回訪日してくれるだけでは消費額にも限りがあり経済効果も大きくない。何度も来てもらい、楽しんでもらえることが重要。飽きてしまわれないように、日本には行くたびに違う顔がある、異なる魅力があると感じてもらうことが必要になる。年間1億人近い外国人旅行者を集める観光大国フランスは、かつてエッフェル塔や凱旋門をアイコンにしていたがいまは使っていない。皆がもう知っているからだ。いまはモンサンミッシェル。パリには行った、ブランドショッピングも楽しんだ、でもモンサンミッシェルはまだ行ったことがないという旅行者にアピールしてリピーターを呼び込む。それでもパリはゲートウェイだからお金は落ちる。日本も自然観光など、訪日外国人の多くがまだ見ぬ魅力を積極的に打ち出していくべきだし、それができる。

山田 スイスはコロナ禍のもとで安心・安全な行ってみたい国の1位になっている。人口割合の死者数ではドイツの2倍にもかかわらずだ。この良好なブランドイメージがどこから来るのか。観光産業以外にも精密機器や製薬、金融など、あらゆる産業のクオリティーの高さが前提になっている。ラグジュアリーなものだけではなく、上質なものを提供してきた。そもそもスイスのQOLの質が高いからこそ世界中の富豪・富裕層が居を構えようとする。結果的にお金も集まる。今回のような非常事態になると地域や事業者のこれまでの信用・信頼度がはっきりしてくる。目新しさによって目先を変えるだけでは駄目で、クオリティーを上げ続けていくことが大切であり、そのうえでリピーターを確保するには、エリア全体で顧客管理、顧客との信頼関係の醸成に取り組むべきだ。

青木 台湾の星のやが人気と聞く。海外の人々に評価されるクオリティーはどうつくるのか。

星野 断っておきたいのは高クオリティーがイコール高価格でないこと。質的なものは文化の反映、地域らしさの反映だ。要するに偽物でない本物らしさがリピートにつながり、口コミにも影響し、満足度の向上にもつながる。結果として単価も上がれば、それはそれで喜ばしい。文化や地域らしさを反映するには地域を知るスタッフが地域ごとに取り組むべきだ。星野リゾートの各施設の魅力造成も現場のスタッフが考案し、私が関与することは少ない。特に日本は南北に長く各地が独自の文化を持つ。観光とはつまりご当地自慢だ。「ここへ来たらこれを食べてもらわないと困る」という、ある種の押し付けでなければならない。それがサービスとおもてなしの違いでもある。これを各地で作っていくことが、海外から何度も来てもらえる理由につながる。

日本が発すべきメッセージ

青木 今後、国境が開放されるタイミングで日本が選ばれるデスティネーションになるには、どのようなメッセージの発信が必要となるのか。

大西 日本が発信するコンテンツとしては観光、自然、食、地方のワザやおもてなしなどに代表される生活文化等があるが、この生活文化産業を輸出産業に育てていく必要がある。とにかく地方には生活文化にかかわる財産が多数ある。一方で安心・安全の観点からは、自治体がなすべき対策をしている宿泊施設や飲食店に対し認証をしているので、これをもっと発信し、メッセージを海外へ伝えていかなければならない。

星野 4~5月に日本の地方が予想以上に「来ないで」とのメッセージを発信した。幟やビデオを作った自治体もあった。われわれが6月に調査した結果では、これが「いまは来ないでほしい」という単なる連絡情報を超えて、地域ブランドの価値を落とす要因になってしまった。「来ないでほしい」と言われたことがない人たちの心に刺さってしまった。次に「もう来てもいいですよ」と言われてもすぐには行きたくないと思ってしまう。この手の情報発信はかなり注意深く行うべきだ。今後、国境が開かれインバウンドを再開するに当たっても「あなたの国からは来ないで」といったメッセージを発信すれば長期的に大きなマイナスになる可能性がある。それをわかったうえで、どのように安全確保するかが大事で、日本の国際性が試される。

加藤 世界同時に国境が開くとは考えにくい。2国間で段階的に交流を再開するのが現実的だ。その時にいずれかの国に「来ないで」とメッセージするのは言語道断。国家同士が分断しても個人の交流を続けるのが平和産業である観光の役割だが、そこにマイナスのくさびを打ち込むメッセージは避けなければならない。安心・安全についてはこんな調査結果がある。「旅行先を決めるうえで重要なことは」との質問に「衛生への取り組み」とする者の比率が日本は低かった。日本人は平時から衛生意識が高く、取り組みが当たり前としか考えていないからだろうが他国は違う。日本人には当たり前のことも対外的には声高にアピールしていくべきで、そうでないと伝わらない。やりすぎと思えるくらい徹底的な衛生管理を行っていることを発信していくべきだ。

山田 安心・安全はもちろん大切だが、他国もアピールしてくるなかで、取り組みがコモディティ化すればあまり効果的ではないように思う。美味しい飲食店の周りには幟旗がないものだ。価値あるものにはしかるべき見せ方がある。期待したいのは地元の人たちのライフスタイルを発信すること。地元の人たちが楽しくて仕方ないというものをメッセージにできたらいい。そのベースに安心・安全への取り組みがあればよい。よくいうことだが、駄目なスキー場では地元の人たちがスキーを楽しんでいない。逆に香川のうどんが魅力的なのは、香川の人たちがこよなくうどんを愛していることが原動力になっている。地域の魅力をライフスタイルとしてメッセージできることが望ましい。

あおき・ゆう●1989年生まれ。明治大学国際日本学部卒。在学中に1年間休学、世界一周の旅に出る。2012年ドーハ国際ブックフェアー運営に従事。大学卒業後、デジタルエージェンシー「augment5」に所属。13年にMATCHAを設立し現職。

ほしの・よしはる●1983年に慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、星野温泉(現・星野リゾート)社長に就任。日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへの転換を果たした。

やまだ・けいいちろう●1987年からスイス・ツェルマット在住。内閣官房地域活性化伝道師、総務省地域力創造アドバイザー、内閣官房クールジャパン地域プロデューサー、北海道大学客員教授、和歌山大学客員教授、奈良県立大学客員教授等を務め、全国各地の地域振興に関わる。

かとう・ふみこ●慶應SFC卒業後リクルート入社。じゃらんnet立ち上げなど新規事業開発を担当後、じゃらんリサーチセンターで「マジ☆部」を展開。16年にWAmazingを創業し、訪日外国人旅行者向け観光プラットフォームサービスをスタートする。

おおにし・ひろし●1979年伊勢丹入社、2009年社長。三越伊勢丹ホールディングス社長を経て、18年6月に日本空港ビルデング副社長就任。同年7月に子会社として設立された羽田未来総合研究所社長を兼務。

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