出口治明APU学長が語る人生における人×本×旅の必要性

2020.07.27 00:00

ANAホールディングスが設立した「旅と学びの協議会」のキックオフイベント「ホモサピエンスの20万年における移動の歴史からみる『旅と学びと幸せ』の関係性」が6月23日、オンラインで実施された。基調講演には同協議会代表理事を務める立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏が登壇した。

 物事を考えるうえで一番大切なことは、まず現状をしっかり把握すること。それにはタテ、ヨコ、算数の3要素が必要です。タテは昔の人がどう考えたか。ヨコは世界の人々がどう考えているか。このタテとヨコだけでも大部分の問題の正解が分かります。例えば夫婦別姓問題。タテで考えると源頼朝は平(北条)政子と結婚して鎌倉幕府を開いた事実があり、このファクトから日本の伝統は夫婦別姓だったと分かります。ヨコで見れば世界の先進37カ国で構成するOECDの中で法律で夫婦同姓を強制する国は日本だけ。つまり夫婦別姓になれば日本の伝統が消えるとか家族が崩壊するなどと言うのは単なる不勉強にすぎないと分かります。フランシス・ベーコンが言ったように「知識は力なり」。タテ、ヨコを学ぶことで多くのことを理解できます。

 3つ目の要素の算数とは何か。データ中心に、つまりエビデンスベースで考えるということです。ホモサピエンスはメガファウナ(大型草食獣)を追ってグレートジャーニーに出たといわれています。なぜそういえるのか。世界中の地層を掘ると、メガファウナの骨が激減する時期とホモサピエンスの骨が急増する時期が一致することが分かるからです。エビデンスは極めて重要で、それに基づかない見解には全く価値がありません。

 一時期、欧米の強欲資本主義は限界で、3方良しの日本的経営が世界を救うという声が上がりましたが、エビデンスは違うことを示しています。この30年間、日本の正社員は2000時間以上働いていますがGDPの成長率は1%に満たない。これに対してフランスやドイツは1500時間以下の労働時間でGDP成長率2%以上を達成しています。つまりエビデンスで考えれば、日本の経営、マネジメントがなっていないという以外の解はない。そのことがよく分かります。

 人間同士がコミュニケーションする上で重要なのが共通テキストの数です。たとえばKDDIのCMが、多くの人々に面白さを理解してもらうことができているのは、日本人の多くが子供の頃から桃太郎や金太郎、浦島太郎の物語を聞いて育ち、共通テキストを持っているからです。付け加えれば、このCMに出てくる浦島太郎は、物語の中では何百年かたって故郷に戻るのですが、そこで絶望してしまいます。その理由は周りの人々と分かち合える共通テキストが、自分が不在だった間にすべて失われていたからです。たとえ言葉が通じても共通テキストがなければ人はコミュニケーションができないわけです。

 そのように人間にとって重要な共通テキストですが、そのベースとなるのもまたエビデンス、つまりデータなのです。したがって数字、ファクト、ロジックで考えることが重要になるわけで、旅と学びの協議会もエビデンスやデータを議論の前提としていきたいと思います。

アンコンフォートゾーンで学ぶ

 人間が賢くなる方法は「人」「本」「旅」に尽きると思います。まず人から学ぶ。誰でも小中高時代に、思い出に残る先生が1人や2人はいるでしょう。人間は人から教わることで自分を成長させられます。しかし、先生や家族など身近な人から学ぶことはできますが、昔の時代に生きた人やはるか遠方にいる人から直接学ぶのは困難です。しかし本を読めばそれが可能になります。

 人や本から学ぶ方法の共通点は、自分の居所である家や学校や職場といったコンフォートゾーンで学べる点です。これに対して旅にはコンフォートゾーンの外へ出て、アンコンフォートゾーンで学ぶという特徴があります。昔、デカルトという鼻っ柱の強い学生が21歳ぐらいで大学を去ったのですが、その際に「先生から学ぶべきことはすべて学んだ。大学の本も全部読んだ。これからは世間というより広い世界を旅し、世間という大きな書物から学ぶことにする」という趣旨の言葉を残しています。

 ホモサピエンスはホモモビリタス(移動する人)ともいわれ、移動の自由は人間にとって非常に重要な意味を持ちます。民主主義にはさまざまな形があり、投票による民主主義のほかにも、投資や寄付などを通じて行われるお金による民主主義があり、足による民主主義もあります。悪い政治が行われている地域から民衆が逃げ出してしまうのです。イタリアの古都シエナの市役所の壁には、人々がロバの背に荷をくくりつけて悪政から逃げ出す様子が描かれています。悪い政治から人々は逃げ出すという選択肢があったのです。

 人は旅をしてアンコンフォートゾーンへ学びに行くだけではなく、移動は歴史上、実は世界を変えることにもつながっていたわけです。いま難民問題が議論されていますが、難民という概念は国境線があって初めて生じるものです。実はその国境線の存在は比較的新しく、ネーションステート(国民国家)が成立して国境管理が厳しくなった結果、19世紀以降にできたもの。それ以前は国境など存在せず、ましてや国境管理もできなかった。だから人々はどんどん地域を移動して世界を変えてきた歴史があるのです。つまり旅や移動は人間にとって極めて本質的で重要な意味を持つものであるということを、ここでは指摘しておきたいと思います。

「美味しい」を因数分解する

 最後に「人」「本」「旅」でわれわれは何を学ぶのかをお話しします。まずい料理より美味しい料理を食べたいのは誰しも同じだと思いますが、その「美味しい料理」を因数分解すれば、新鮮な食材を多く集めて、上手に調理することとなります。つまり材料×調理能力=美味しい料理です。

 では美味しい人生を送るにはどうすればよいでしょう。同じように因数分解すれば、知識×考える力=美味しい人生です。知識を蓄え、考える力を磨くことで、より良い人生を送ることができます。人や本から知識を学び、それだけではなく世界を旅していろいろな文化や伝統に触れて、さまざまな人々の考え方や発想パターンを真似することで考える力が鍛えられます。料理に際してまず先人のレシピをそのまま真似て料理を作ることからスタートし、自分の調理能力を鍛えていくのと同じです。そもそも先人の考える型を学ばなくて、型破りな人間が生まれるはずがない。学ぶことで初めて型破り、すなわち新しい発想に至ることができるのです。

でぐち・はるあき●1972年京都大学卒業。日本生命を経て2006年にライフネット生命を創業。12年上場。社長、会長を10年務める。国際公募で推挙され18年1月から現職。同大学初の民間出身の学長となる。著書に『哲学と宗教全史』ほか。

関連キーワード

カテゴリ#セミナー&シンポジウム#新着記事