仮想は現実を加速する
2020.04.27 08:00

1997年に自動車工業振興会(現日本自動車工業会)から、東京モーターショーのウェブサイト構築を依頼された。バブル崩壊後、若者の車離れが加速していた頃でもあり、当時は大手自動車メーカーでも満足にホームページもなかった。どのようなコンセプトにしたものか随分悩んだ。メーカー団体のサイトなので、特定メーカーに有利に見えるなどの忖度はご法度。かといって各社の言い分をみな満足させようとすると破綻する。なによりユーザーが見てつまらないものになる。それだけは避けたかった。
日本には10社以上の自動車メーカーがある。もともと自動車業界出身ということもあり、ここは腕の見せどころと気合いを入れたが空回り。すべての人の言い分を突っ込み、まるで時代遅れな、つまらないコンセプトに成り下がってしまおうとしていた矢先、1人の社外エンジニアが背中を押してくれた。
誰になんと言われても、ユーザーのためになると言い切れる、つまり腹を切る覚悟があるかどうかだと。ハラキリとは驚いた。三島由紀夫じゃあるまいし、現代にハラキリとは。しかしそのぐらいの覚悟がなければ、クライアントが納得しようはずもないというのだ。覚悟を決め、ユーザー中心の発想1本でコンセプトを固めた。
コンセプトはずばり「車選び」であった。クライアントに提案した際、最初は「とんでもない」と一笑に付されたが、根気強く、主要メーカーに個別に出向き、あの手この手で説得した。最後は比較する項目に恣意性がないことを条件にOKをいただいた。が、ここからがまた鬼のような作業だった。車の諸元(スペック)表というのは項目が各社ばらばら、順番もめちゃくちゃ。非常に見にくく紙ベースの比較はつらいものがあった。メーカー勤務時代、販売出向の折、自分で比較表を作っていたあの頃を思い出し、そんな苦労を販売員もユーザーもしなくていいような、そういう仕様にすると決めた。
かくして先述のエンジニアの力もいただき、クリックしてから条件に該当する車種のスペック表示までのスピードが非常に早く(1秒未満)、なかなか見やすい全メーカー車両データ比較システムができあがり、どきどきしながらプレゼンに出向いた。概ね好評で、ほっと安堵しかけたその折、とんでもない一言が某メーカーのトップから飛び出した。こんないいものがネットで見れるようになったら、誰もモーターショーを見に来なくなる。だからダメだと。開いた口がふさがらなかったが、ここで引き下がるわけにもいかない。
ネット商店もまだ一般化しておらず、ネットで何かが大きくプラスになった事例もまだ少なかった時代。新車販売も数年来低迷傾向が続いていた。なんと答えるべきか、しばし身構えた。が、最後は勢いでこう叫んでいた。「バーチャルはリアルを加速するのです」と。言ったそばから汗が吹き出した。が、実際そういう想いを込めて作ったので、それを信念としてそのまま伝えたかった。
満場ご納得いただき、かくして納品物として完成サイトが受理された。その1カ月後、東京モーターショー開幕。日々リリースされる来場者人数とにらめっこの日が続いた。減少傾向を食い止められるか。最終日、なんとか前回並みの数字となり、ぎりぎり面目を保った。
観光業もいま、大きな岐路を迎えている。現実を正しく受け止め、リスクを分散しつつも大局が変わろうとしているのなら、戦略も思い切って変えねばならない。自動車業界でも変わろうとしている昨今、サービス業のわれわれにできないはずはない。ネットで何を加速できるのか、真剣にいま変えないと手遅れになる。

荒木篤実●パクサヴィア創業パートナー。日産自動車勤務を経て、アラン(現ベルトラ)創業。18年1月から現職。マー ケティングとITビジネス のスペシャリスト。ITを駆使し、日本含む世界の地場産業活性化を目指す一実業家。
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