高山市の國島市長が語った「飛騨高山のインバウンド」

2020.02.10 00:00

日本政策金融公庫総合研究所はインバウンドをテーマとしたシンポジウムを開き、岐阜県高山市の國島芳明市長が同市の課題や訪日施策を説明し、インバウンドによる地域活性化の展望を示した。

 多くの地方都市では人口減少や少子高齢化が進み、それに伴う経済の活力低減が深刻化しています。東京から新幹線で4時間半もかかる人口9万人弱の小さな市である高山も、同様の問題を抱えています。

 高山市は05年に1市9町村が合併し、東京都とほぼ同じ面積となりました。東西の距離は80kmもあり、4つの県に接しています。人口は合併の中核となった旧高山市に集まる傾向にあり、そのほかの旧町村によっては急激な過疎化が進んでいるところもあります。

 市内全体の人口減少は、大学進学が主な理由ですが、毎年700人ほどが減少しています。このままだと人口は20数年後には3割ぐらい減るだろうと予測されています。つまり今ある3軒のうち、1軒が空き家になってしまうということです。

 総務省が試算する1人当たりの年間消費額が125万円であることを考えれば、1年ごとに9億円の消費が自然に減っていることになります。単純計算すると、3000万~4000万円の売り上げの小さな商店が毎年何十軒もなくなってしまう非常に厳しい現実に直面しているのです。

地方の生き残り戦略として

 合併して14年が経ちますが、生き残るにはどうすればいいかということを常に考えてきました。日本、あるいは世界の中で地域特有のブランド戦略を確立していくためにはどうすればいいのか。こうしたなかで高山の持てる資産は何かと考えた際、行き着いたのが豊かな観光資源ということで、生き残り戦略として観光に特化した取り組みを進めています。

 しかしながら日本人の旅行市場は急速な人口減少による規模の縮小に加え、娯楽の多様化による需要の縮小といった国内市場の先細りが予測されます。その一方で訪日需要は急拡大しています。また、IT技術の進展による情報取得の容易化で、世界のどの市場にも情報発信ができるようになっています。

 そうした背景を踏まえれば、今後、訪日市場をターゲットに誘客を強化する必要があり、市の核となる施策として民間と連携して取り組む必要があると考えています。

 高山市では1986年に国際観光都市宣言を行い、歴史的に訪日観光に熱心に取り組んでいますが、ようやくその果実を享受している時期といえそうです。毎年、日本人を含めた観光客は450万人くらい訪れ、宿泊と日帰り客は半数ずつ。訪日客に絞りますと、延べ宿泊数は10年が18万7000人泊でした。東日本大震災の11年は9万5000人泊に落ち込みましたが、そこからは毎年伸び続け、18年には55万2301人泊となりました。

 最も多いのが台湾で、全体の17.4%を占め、香港が11.0%。中国が8.9%と東アジアが続き、地域別では、アジアが54.3%となります。中国はこれまで10位以下でしたが、ここ2~3年で急激に拡大してきました。特徴的なのは、地域別で欧米豪が28.5%も占めている点です。日本全体の構成比と比べて、アジアが少なく、欧米豪が多いという特徴があります。

 55万人泊の訪日宿泊者は、市に171億円の消費をもたらすと試算しています。農業の特産物も消費され、タクシーやクリーニング店など幅広い業種が恩恵を受けるのでその経済波及効果は小さくないと考えています。

 訪日した宿泊客は3万1000円~3万2000円くらいを市内で消費するという試算を踏まえれば、市民1人125万円の年間消費額は41人の訪日客で賄える計算となり、年700人の人口減少による約9億円の市内消費の減少は、毎年2万9000人ほど宿泊する訪日客が増加すれば、単純計算で賄えるというわけです。

本物を示す取り組み

 11年には海外関連施策を総合的に推進する海外戦略の専門部署を設置しました。これまでは誘客やモノの海外展開、人事・文化交流などは別々のセクションで進めていましたが、これを一括して担当する部署として設置し、「風土と人びとの暮らしが生み出す『本物』を示す」というコンセプトを掲げ、活動を始めました。

 まず外国人に知られていないと人は来てくれないということで、プロモーションを強化しました。ホームページは11言語に対応し、SNSの活用のほか、8言語に対応したプロモーションパンフレット、11言語に対応した散策マップを制作しています。Wi-Fi環境の充実に加えて、インフォメーションオフィスも整備しました。広域観光情報の提供や手ぶら観光カウンター、免税カウンターと機能的なオフィスとなっています。インバウンドガイドの養成にも力を入れています。

 自身も積極的に海外に出向き、いわゆるトップセールスも実施しましたが、トップの役割はドアをノックする係だと思っています。私がノックして開けてくれたドアには然るべき権限のある方が対応していただけることがほとんどですので、商品を販売できる民間事業者が私に続いてもらい、具体的な成果を目指すという方法です。

 インバウンド誘致の基本的な姿勢としては、広域観光連携を重視しています。海外から多額の渡航費を支払って日本に来てもらうわけですから、高山市に来てというだけは弱く、面的な魅力を感じてもらうが重要と考えています。北陸・飛騨・信州3ツ星街道、昇龍道、杉原千畝ルートで他自治体等と協力して面的なプロモーションを行っています。

 また海外には職員を積極的に派遣しています。現在はパリやベトナム、過去には北京、香港、米国に派遣しており、観光庁や日本政府観光局(JNTO)など政府の中枢組織にも人材を送り出しています。高山市は職員800人の小さな役所ではありますが、現地で情報収集と発信を行い高山市の戦略に具体的に寄与してもらうとともに、中長期的な人材を育てる意味もあり、積極的に海外に派遣しています。

 インバウンドで問われるのは住民の底力ではないかと思っていす。インバウンドへの対応というのは言うほど楽ではありません。なぜなら言葉、文化、諸習慣とまったく違うことに対応しなければならず、日本人旅行者よりも非常に手間がかかるからです。わざわざお金と時間をかけて飛騨高山に訪れてくれたということにやりがいや喜びを感じてもらえる人が多くいなければ、インバウンド産業は成り立ちません。

 通常、行政は平等に行うのが原則ですが、観光だけはそれでは成り立ちません。観光客に常に選ばれ続けなければならないからです。頑張る事業者には積極的に後押しし、支援にも差をつけることも必要だと思っています。そのことが最終的には公共の利益につながると考えているからです。「公平性の呪縛」にとらわれ過ぎないようにしたいと思っています。

 ある旅館の女将は究極の日本を感じられるのが旅館だといいます。それは温泉や部屋といったしつらえの面だけでなく、日本人のおもてなしを直接伝えることができるのが旅館だと自負されているからです。

 ある飲食店の店主は、訪れた外国人から聞き取った何言語ものあいさつをすべてメモして、外国人とのコミュニケーションを楽しんでいる人がいます。こうした触れ合いは旅行者にとって素晴らしい体験になるはずで、こうした人たちは高山市の財産だと思っています。

 人口の6倍もの外国人が訪れていますが、高山が特別な何かを持っていたというわけではありません。旅行者は、その地域のありのままの暮らしを見て体験することを最も求めています。飛騨高山には本物の日本が残っていると考えていますが、それはどの地方にもあるといえます。地方には、それを体感できる環境をいかにつくるかが問われているのだと思います。

 たとえば、免税制度では商店ごとに手続きをするのではなく、商店街の一角に一括で免税手続きができるカウンターを設けました。そうすると、鉄瓶や大工道具、包丁、はさみなど意外と何でもないものが売れて大きな売り上げを上げることもありました。

インナーブランディングの視点で

 訪日誘客で外へのブランディングは非常に重要ですが、その前段階として住民が自分たちに誇りを持てるようなインナーブランディングをしっかり意識する必要があると考えています。

 インバウンド施策は、2つの意味で重要な効果があると思います。まずは経済的な効果です。しかし、現実的には多くの観光地域は経済的な効果を意識するのみにとどまっているように思います。おもてなしやサービスを与えて、いかに喜んでもらえるかという外国人側の利点に大きく焦点が当たってきました。

 しかし、対価としてお金を落としてもらうだけにとどまらず、訪れた人からお金以外で何が得られるのかということをもっと真剣に考えるべきだと思います。

 文化や生活習慣など違いが大きい訪日客を受け入れることは、自らの魅力や価値を再認識できる機会でもあります。私が目指すインバウンドの未来とは、お互いの違いを認めたうえで、言語を習得するとか料理を紹介するといった文化的な交流も深まり、市民と海外の人々との障壁がなくなる世界です。

 観光で得た恩恵をこれからの人のために残し、つくりあげていく努力をする必要があります。これまでの先人たちが築いた努力による果実をもぎとるためだけでなく、木を植えていくことも意識して進めています。

くにしま・みちひろ●1950年高山市生まれ。愛知大学法経学部を卒業後、同市役所に入庁。文化課長、企画課長、企画管理部長、副市長を経て、2010年9月から現職。現在3期目。

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