DMOの危機感と合意形成の手法 米国アドボカシーサミット報告
2019.12.23 00:00
米国ウィスコンシン州の州都であるマディソンはシカゴから北西約200kmに位置する。市内中心部には建築家フランク・ロイド・ライトが学んだウィスコンシン大学マディソン校が本部を置く学園都市でもある。このマディソンで11月12日から3日間、米国のDMOの業界団体デスティネーション・インターナショナル(DI)のアドボカシーサミットが開催された。今回この会議に初めて日本版DMOから3団体が参加し筆者も同行した。
日本ではアドボカシーという言葉はなじみが薄い。米国のDMOにおける文脈では、地域住民やステークホルダーへの説明と合意形成、メディアへ働きかけ等によって、政治、経済、社会などの意思決定に影響を与える活動とされる。これでもまだわかりにくいかもしれない。まずは観光事業者だけでなく地域全体で合意形成を図る活動と理解されたい。DIではアドボカシーを活動の柱の1つとするほどDMOの本質的な活動と位置付ける。
各地で見られる観光予算削減
アドボカシーサミットは今年が3回目。1つのテーマを専門的に取り扱う会議であることから、参加者はDMOを代表するCEOなどを中心に約200人で、DIとしては小規模な会議である。
DIではアドボカシーを専門とする執行役員を設置している。この役職を担うジャック・ジョンソン氏は約20のセッションのうち複数に登壇した。中でも彼が大きく取り上げたのは、DIがこの1~2年注力して開発した観光用語集だ。
日本の感覚ではなぜ用語集なのか疑問を持たれるだろう。実はこの用語集は観光がどのように地域社会に役立つかを説明するときに説得力が高い言葉を集めたものだ。観光の役割に新たな定義や意味を示そうとしている。DIが用語集を開発した背景には、この数年米国各地で立て続けに発生したDMO予算の削減に対する強い危機感がある。
米国でも観光は成長している重要な産業として位置づけられており、DMOは地域の観光マーケティング活動等で大きな役割を果たしている。だが、このDMOの財源は一般的に行政に依存しており、予算には議会の承認が必要である。
米国で普及する宿泊税は一般財源に該当し、通常は観光を目的とした特定財源になっていない。宿泊税のほぼ全額が充てられるか、一部のみが振り分けられるかは地域によりさまざまだ。いずれにしても一般財源である以上、その使い道はインフラ整備、福祉、教育といった行政の他の住民サービスとDMOとの間で天秤にかけられる。
そして、このような財源配分の戦いの中で、ミズーリ州では17年、州知事の強い意向により州DMOの観光予算が半減された。フロリダ州でも数年にわたる攻防の結果、今年とうとう州DMO職員の半数が解雇された。そしてアドボカシーサミットの時点ではミシガン州の州議会で観光予算の削減が審議され、その結果が注目されていた。
ミシガン州DMOは“Pure Michigan”というキャッチフレーズが著名で、米国でも観光マーケティングの成功事例として取り上げられる。それでも観光は予算削減の対象となった。審議中なのは18年度観光予算が3600万ドル(約40億円)から、新年度は道路整備など他の目的に500万ドル(約5.5億円)を振り分けるものらしい。観光予算が年々増加していることがあるが、1割以上の予算削減は大きな足かせだろう。
意思決定者の感情を動かす
現在、米国は多くの社会問題を抱える。例えばホームレスもその1つ。定職があるにもかかわらず家賃が払えず毎日通勤するワーキングホームレスさえ出現する。こういった地域の身近な問題に注目が集まるとき、メディアなどで宣伝する観光は人目を惹きやすく予算削減の対象になりやすい。
これらの観光への強い逆風に、DIは従来から傍観することなく、予算削減の撤回を働きかけてきた。しかし、予算削減は実施されてしまった。ここにDIの反省と学びがあった。DIではDMOの成果をアピールする際、観光のROI(投資対効果)が高いこと、観光で生み出される税収額の多さを強調してきた。しかし、効率性や金額といった無機質な数字で訴求するだけでは、意思決定者の感情を動かすことはできないことに気づいた。
DIは他産業の先行事例を研究し、メッセージの伝え方を改善すべきと結論づけた。そして、調査や分析結果から、首長、議員、住民といったステークホルダーが、観光が地域にとって不可欠な存在だと納得してもらうために効果的な単語を約20語選定。これらをまとめたのが観光用語集だ。DIはDMOが地域で合意形成を図る際、一般的に使いがちな言葉に代えて、用語集の単語を多用して、日ごろから地域には観光の重要性を感情に訴える形で強調してほしいというのだ。
さらに他の話題としては、人種、宗教、LGBTなどのマイノリティーに対する包容(インクルージョン)も取り上げられた。例えば性別を特定する人称代名詞には違和感を覚える人もいるため、DMOのウェブサイトやパンフレットでは慎重に使用を避けるそうだ。発表の中ではインクルージョンに配慮した情報発信に関する教育を組織内で徹底するのはDMOとして当然との発言もあった。
言葉遣いに関する対応は日本には関係ないようにみえるかもしれない。しかし、日本版DMOからの参加者は地域での合意形成、財源確保、インバウンド旅行者誘致などの点で日本での課題や活動に引き寄せて考えることができたようだ。米国のDMO幹部が登壇し、実体験を熱心に発表する姿も刺激になったと感じる。
実はアドボカシーは危機管理も範疇で、米国には素晴らしい事例もある。DIは年次総会やアドボカシーサミットなどへの日本からの参加を大いに歓迎している。日本版DMOが地域で不可欠な存在になるためにも、こういった先進事例に触れる機会をぜひ多く活用してほしい。
丸山芳子●ワールド・ビジネス・アソシエイツ チーフ・コンサルタント。世界観光機関(UNWTO)や海外のDMOの調査、国内での地域支援など、観光に関して豊富な実績を有する。日本人で初めて米国、欧州のDMO業界団体の大会に参加し、海外DMOに幅広いネットワークを有する。中小企業診断士。
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